参加報告

子どもの日本語教育研究会 第3回大会(2018年3月)

子どもの日本語教育研究会 第3回大会が,2018年3月3日聖心女子大学において開催されました。当研究室より参加したメンバーから届いた,参加報告を掲載いたします。

子どもの日本語教育研究会ポスター発表振り返り――福村真紀子[研究紹介

初めて「子どもの日本語教育研究会」で発表させていただきました。実は,発表の申し込みをした時,「採択」は五分五分だろうと思っていました。なぜなら,私が発表のテーマとしたのは,「子育て中の結婚移住女性の人的ネットワーク構築」だからです。研究会の名前からスッと想像できる研究テーマは「子どもの日本語の能力を伸ばすにはどうすればいいのか?」ということだろう,と私は思っていました。だから,きっと私のテーマは的外れなんだろうと思い,分析と考察は終わっていたものの,結論のまとめへの着手をしないまま,「採択」のお返事をいただきました。そして,慌てて発表の準備に取り掛かる始末だったのです。

研究のフィールドは,私が地域で運営している親子参加型のサークルです。そのサークルの継続的な参加者の一人,ハナさんに焦点を当てました。彼女はサークル内では人的ネットワークを構築できますが,外ではなかなかママ友ができません。漢字圏の国に生まれ育ち,大学で日本語を専攻していたぐらいなので,日本語の4技能には問題がない人です。しかし,自分が外国人であることを知られたくないと思いながら日本人ママと接していました。日本人ママと話していると,アクセントやイントネーションで自分が日本人ではないことが相手にバレてしまう。そうなると相手はおしゃべりをやめ,一緒に出かける約束もできなくなってしまう,とハナさんは語っていました。私は,ハナさんがサークル外でも人的ネットワークを構築するにはどうすればいいのかを考えたかったのです。結論として,彼女が自分の日本語に自信を持ち,サークル外でも「対話」ができるように,サークル内で「対話」の力が鍛えられるようにする。そのためには「対話」が活性化するための暗示的フィードバックを私や他の参加者がする,とまとめました。

発表当日,スタート時点では案の定,私のポスターの前には知り合いが一人だけ立ってくれていました。他のポスターには人垣ができていました。アウェイ感が募り,非常に焦りました。しかし,徐々に私のポスターにも足を向けてくれる人が出てきて,いろいろな意見をいただきました。こちらの説明が熱を帯びてくると,聞いてくれる人も増えてきました。私は,なぜ,今日ここに立っているのか語りました。子どものことばの問題を乗り越えるには,まず親自身が自分のことばの問題を乗り越える必要がある。特に社会とつながりを作るチャンスが少ない結婚移住女性は,「孤立」の問題を抱えていて,人的ネットワークを構築するのが難しく,心を病んでしまうこともある。そのために,子どものことばの発達に影響を与えてしまったという事例報告があることを伝えました。

いただいたコメントには,①「暗示的フィードバックとは具体的にどうすることなのか」②「ある程度の日本語のレベルでなければ,このサークルの活動についていけないのではないか」③「日本人の夫にもハナさんの問題の原因があるのではないか。夫に対しては働きかけないのか」などがありました。①については,具体的には,聞き返しや,言い直し,相手に共感してもらえるように話すということばのやり取りを,私や他の参加者がやんわりとモデルを示す,と答えました。また,夫婦の問題や仕事探しのことなど,よりシリアスなトピックを「対話」の活動に取り入れ,相手にどうしたら自分の言いたいことを伝えられるのかメタ的に考える機会を作ることも重要,と述べました。②については,来日直後の人は日本語の「対話」に参加することは難しいので,例えば料理やダンスなど,その人の得意なことを,その人自身が教える活動をする回を設け,役割の転換を意図的に起こすことを示唆しました。③については,実際に私が日本人夫にインタビューした経験を述べながら,夫を攻撃するよりも,結婚移住女性が強い力関係が存在する家庭から抜け出せる場を私が作り,その場で彼女たちが持っている既存の能力に気づいてもらったり,「対話」の力を鍛えたりして,彼女たちに強くなってもらうことの方が重要だと述べました。

発表の終了時間には,すっかりアウェイ感は消えていました。「なんで親のことがテーマなの?」という眼差しは一切感じませんでした。子どもの日本語教育を考える時には親への視点も必要だということは論を待ちません。しかし,「親への視点」と言った時,子どもの言語選択や進路選択など,結局子どもの問題に収斂されることもしばしばです。そうではなく,「母」ではない「個」としての彼女たちの問題に向き合うことも,結局は子どものことばを含む成長の課題を解決することにつながるはずだと私は思います。

子日研でポスター発表をして――加藤香代[研究紹介

子どもの日本語教育研究会(以下:子日研)との出会いは,まだ公立小学校で勤務していていた時でした。国際教室を担当して1年が過ぎた3月に子日研の第1回大会がありました。多くの方がいろいろな形で外国につながる子ども(以下:子ども)に関わっていることを知り驚いたのを覚えています。

それから2年後の今回,ポスター発表に参加しました。応募をためらっていた私に池上先生が「やってみたら」と声をかけてくださいました。その一言に後押しされ,子どもの学びを考える教師間の勉強会についてポスター発表を行いました。勉強会では,子どもたちが学校でどのように学習を進めていくのか,教師はどのように関わっていけばよいのか教職員で一緒に考えてきました。グローバル化に伴い,小中学校には外国につながる児童生徒が急増しています。どの学校も子どもの学習面や生活面など,教師は何ができるか悩んでいます。私たちの発表が少しでも学校関係者の役に立てればと思って準備してきました。ポスター発表の準備は,今までの取り組みをまとめる機会となりました。そのために発表者同士で対話を重ね,互いの考えを深める時間にもなりました。

ポスター発表には,2017年度から早稲田大学日本語教育研究科の修士生になった私と共に元勤務校の4名の先生が参加してくれました。内容は国際教室担任をはじめ在籍学級担任や特別支援学級担任,栄養士など異なる立場の教職員が共に考える良さを伝えることにしました。先生方からは,目の前にいる子どもに自分は何ができるのか,どんな力を育てていけばよいのか,その思いの強さを感じました。発表の準備を通して,在籍学級と国際教室の先生が時間を作って連携した授業の進め方を話し合ったり,個の支援方法を一緒に考えたりしている姿が日常的に見られるようになりました。もし,子日研で発表するという目標がなかったらここまで自分事として捉えていたかと思うと,他者へ発信するということは,同時に発信者自身の成長にもつながると実感しました。

発表当日は,多くの方と双方向の意見交流が持てました。勉強会の内容や在籍学級の担任との連携のあり方など質問は多岐にわたりました。以前の私がそうであったように何かヒントを求めて子日研に参加されている方が聞きに来てくれました。「取り出し指導で全教科お願いされる」「国際教室の先生自体が学校ではマイノリティで立場が弱い」「連携が取れない」など悩みを抱えている方が多くいました。参加者と意見交流を行ったり,現場の情報交換をしたりしながら共に考えていく時間になりました。私自身は「ここで発表する意味は?」「子どもが母国に帰るといっていても帰らない子も多い。個に応じて指導を変えるのではなく,どの子にもちゃんと教えるべき」などの指摘について考える機会をもらいました。自分なりの考えは伝えましたが,相手に納得してもらうまでには至っていません。そこが私の今後の課題です。

自分の発表以外にも子日研では,日本語指導担当者同士のネットワーク構築や具体的な学習の取り組みなど他の方の発表から多くの刺激をもらいました。懇親会では他県の先生方と交流でき情報交換をすることができました。ポスター発表という場をいただいたことで,他者に伝える喜びと難しさを知ることができ,とても貴重な経験となりました。

大会企画パネル「幼児期のことばの獲得を支援する」に参加して――北田蓉子[研究紹介

第三回大会の企画パネルは,コーディネーターである浜田麻里先生から概要が説明された後,3人の登壇者による発表と質疑応答の構成で行われました。はじめに,外国につながる子どもが多い保育園で園長をされた高木都奈子先生が登壇されました。外国につながる子どもの数が増加する保育現場の状況とどのような対応をしているかを,多くの事例から具体的にお話しいただきました。2人目の登壇者はビルマ語医療通訳者として活躍されているマ・ティン・ティン・ウーさん(以下,ティン・ティンさん)のお話しでした。ティン・ティンさんは,幼稚園生の娘さんがいらっしゃいます。「娘に対して何語で話しかけるべきか」「親として何を語りかければいいのか」を常に悩みながら子育てをしているとおっしゃっていました。3人目の登壇者の内田千春先生は先に登壇した2人の事例を踏まえ,発達心理学の視点からお話しいただきました。「ことばを獲得するとはどういうことか」という問いに始まり,幼児期のことばの発達,母語と日本語どちらでも構わないので応答的な関わりをすることの重要性などをお話しいただきました。

それぞれ立場の異なる3人の登壇者の発表により,幼児期のことばの獲得の支援の在り方を多角的に考えることができました。また,先日,保育士として働く友人が「最近,外国人の子どもが増えてるんだー。◯◯人とか**人の子どもとか。ことばが通じる子もいれば,全く通じない子もいてさ。親も日本語ができない人もいてね,もう大変!」と話していたことを思い出しました。本パネルの発表や友人の言葉から「多文化保育」という現状をより身近に感じるようになりました。

また,内田先生がことばによる応答的な関わりをすることの重要性を述べていました。その点に関して,ティン・ティンさんの報告を振り返ると,日本語やビルマ語で娘さんとやり取りをするエピソードが多くありました。一方で,外国につながる子どもの家庭に限った話ではありませんが,保護者が共働きや夜遅くに帰宅するため,子どもと話す時間が少ないという家庭も少なくありません。また,日本語で子どもに語りかけたくても,日本語がわからないという保護者もいるのではないでしょうか。本パネルを通して,幼児期のことばの獲得を支援することは,保護者を支援することと同義であると感じました。そして,「外国につながる子どもを支える保護者」を支える日本語教育の実践とは何かを考えるようになりました。

パネル参加の感想――福村真紀子[研究紹介

恥ずかしながら,私は「さぽうと21」も「WAKUWAKU」も,その存在を知りませんでした。首都圏には,本当にいろいろな形の外国につながる子どもたちへの支援の場がありますが,実際にどこかの組織のボランティアになってみないことには,どのような子どもたちに,どのような支援を行なっているか,なかなか知ることができません。今回,本パネルに参加して,二つの実践の実際の活動を具体的に見ることができ,大変刺激を受けました。名前も知らなかった実践の場ですが,お話を聞いてとても身近な場に感じたのは,私だけではないはずです。

パネルの前半では,まず「さぽうと21」の矢崎さんによるお話を聞きました。最初に「難民」とは誰のことかを説明していただきました。「難民」には「条約難民」のほか,インドシナ難民,第三国定住ミャンマー難民がいること,さらに「在留特別許可者」も日本に暮らしていることなど,今の日本社会の背景が共有できました。矢崎さんがおっしゃった,「自国で迫害を受ける恐れがあることを理由に保護されている難民は,同国人と一緒に地域日本語教室で机を並べられない」という状況を,私はこれまで地域日本語教育に携わってきたのにもかかわらず,考えもしませんでした。その後,矢崎さんのフィールドで実際にどのような活動が行われているのか紹介がありました。

次に,「WAKUWAKU」のボランティアをされている唐木澤さんと益子さんから活動の紹介がありました。大学生ボランティアの益子さんが制作したという動画を見せてもらい,活動に参加している子どもたちの生の声と,躍動感があふれる動作に触れることができました。私は,この動画が,本パネルの中で一番印象に残りました。私の耳に届く子どもたちが話す日本語と母語には,かれらが日本の「いまここ」で生きる力が溢れていました。私の目に映る子どもたちのふざけあって絡む様子からは,楽しさだけでなく,その裏に不安もあるのだろうという想像が生まれました。また,唐木澤さんと益子さんのお話から,子どもたちだけではなく場に通うボランティアの方々の多様さも分かりました。大学生,主婦,リタイアした年配の人たちそれぞれが自分のために自由に参加していることも見えてきましたし,共学びの場であることが分かりました。

後半では,質疑応答が行われ,二つの実践について多角的な視点から質問がされました。私は,池上先生が「まとめ」で話された,二つの場が参加者の「居場所」であり,「つながり」を生み出す場であり,「安心」でき「肯定」される場であるということに絡めて質問しました。パネルディスカッションの論点の一つに,「子どもたちがどのようなことばの課題を抱えさせられているのか」というポイントがありましたが,「肯定」という観点から見て,子どもたちが抱えさせられている課題を解決するために,実践者はどのような働きかけをしているのか,という質問です。「WAKUWAKU」の唐木澤さんからは,学習支援の時,必ずしも日本語による表現を求めず多様なことばを受け入れるという旨のお答えがありました。矢崎さんからは,自分は子どもたちを叱る役割を担っていて,その役割は重要であるという旨のお答えがありました。私は矢崎さんのお答えにハッとさせられました。「肯定」とは,必ずしも「そうだよ,いいんだよ,あなたは間違っていない」と認めることではないのだということです。もし子どもが危険な状態になりそうだったら,もし子どもが他の人から誤解を受けそうになったら,自分が親でなくても叱る勇気が必要でしょう。叱ることは,子どもであってもその子を社会を構成するメンバーだと認めることです。「肯定」の対義語は必ずしも「否定」とは限らず,「社会の一員として扱わないこと」とも言えるでしょう。そのように考えたのは,パネルの最後に,池上先生が,キーワードがあったとしたらその対義語を考えてみることが重要だと言われたからです。例えば「貧困」の対になるのは「金持ち」でしょうか?みなさん,一緒に考えてみましょう。このパネルの目的の「多様な子どもたちが生きる社会で日本語教育に何ができるか」については,パネルの時間内に十分に話し合う余裕がありませんでしたが,私たちそれぞれが思考を止めずに考えていく問いでしょう。