トルコ便り「M9.0を超える力――ことば」

工藤育子

7.4月6日,アンカラ大学・言語歴史地理学部日本語日本文学科,アイシェヌール先生訪問

2011年4月19日

アイシェヌール先生も,帰国を翌日に控え,東京で3月11日の地震を経験なさったとのことでした。その日の東京の多くの人がそうだったように,帰宅困難となり,寒さをしのぐ工夫をしながら,通常なら1時間もかからないところを,何時間もかけて電車やバスを乗り継ぎ,長い時間歩くなどして帰ったそうです。帰国してもしばらく,揺れているような感覚に悩まされたということでした。

「防災に関して,日本のみなさんほど意識していないでしょう,わたしたち。」

日本以外の環境で生活してきた方の,地震防災訓練などの具体的な準備の有無を指しておっしゃったのだろうと思います。

日本は地震が多いことを知っており,これまでの来日でいくらかの地震なら経験したことがあるとは言え,今回のような大きな地震には,さぞ驚かれ,怖い思いをなさったでしょう。

アンカラ大学でも,学科の教員や学生のみなさんが日本を心配してくださっている気持ちがひしひしと伝わってきました。まず,どの先生も,わたしの体調を気にかけてくださいました。被災地から離れた東京であっても,それぞれに不安を抱えて過ごしているはずだとお見舞いを言ってくださり,トルコではよく寝られているか,よく食べられているかという当然の生活の心配をしてくださいました。

少しでも大きな余震があったり,原発の新しいニュースがあれば,その情報はすぐに学科内を駆け巡ります。

4月11日,アンカラにある小学校の5年生全員が日本への手紙を書いてくれたらしいと聞きました。そこで,30通以上のトルコ語で書かれたそれらの手紙を,学生のみなさんが翻訳するということになったそうです。手紙の中には,数篇の詩もありました。

どのような表現で言えば,小学生の気持ちが伝わるか。

その表現に触れたとき,日本の方が悲しい気持ちになってしまわないか。

小学生の表現はときに直接的でもあるが,そのまま翻訳すべきか。

この手紙を読むのも小学生だとすれば,どのような表現なら難しく感じず読めるか。

詩はどのように翻訳できるか。

わたしも学生の数人の方が翻訳している場に居合わせました。さまざまな観点で議論をしながら,互いの立場に配慮しつつ,一通の手紙に相当の時間をかけて丁寧に訳しています。一語,一文にかける翻訳者の精神力や集中力の強さに触れるうちに,「ことば」とは何かという問いを再び考えることになりました。

ある言語で言っている事柄を別の言語で,元の意味を失わず言い表すことの困難さや,状況によって生じる複雑な条件も含めて,他者の「ことば」をわたしを通じて,別の他者が理解できる「ことば」にすることの,究極に言えば,その不可能性を見たような気がします。しかし,わたしたちは,絶えずその不可能性に挑戦をしているようにも思います。コミュニケーションをするとは,そのようなことの積み重ねだとは言えないでしょうか。

通訳・翻訳に限らず,媒介者の存在があって「ことば」で伝達されるというのは必ず,最初に発せられた「ことば」がそのまま継続され,元のまま在ることは決してなく,環境の影響を受けて生きているわたしたちと同じように,「ことば」は,それがたどる道で遭遇するあらゆるものの作用を前後左右に受けながら生きているのだと強く感じるようになりました。

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