日本語を学ぶ/複言語で育つ――子どものことばを考えるワークブック

書評コーナー

書評:「移動する子ども」とこれからの教育の課題――著者インタビュー:川上郁雄さん

姫田麻利子(大東文化大学)

2014年12月5日発行『ルビュ「言語文化教育」』519号「この本がおもしろい」より許可を得て転載]

----先日,パリの小学校で,「取り出し指導」のクラスを見学しました。フランス語習得を主目的としながら,言語バイオグラフィをテーマに教室活動が行なわれていました。その日は,花びら型の色違いのカード4枚に,自分の「話す言語」「話さないけどわかる言語」「話さないけど聞いたことがある言語」「話さないけど見たことがある言語」を記入して発表していました。とはいえ,子ども達の複数言語文化資本を大切にあつかうこうした取組みは,フランスでもまだ一般的ではないということでした。
日本では今年度から,日本語の「取り出し指導」が「特別の教育課程」と位置づけられたそうですが,川上さんは現状をどのように感じていますか。

◆川上:この10年で,JSL児童生徒への関心や理解は深まりました。地域のボランティアも活発ですし,母語教育の重要性も認識されるようになりました。しかしその中で,日本語を教えたら子ども達の問題はすべて解決するという考えや,日本語も第1言語も「母語話者レベル」をめざす意識は自明とされていて,複言語・複文化の視点での議論が深まっていません。その問題意識から,このテキストを作成しました。

----個々のアイデンティティに即した戦略的な複言語使用を尊重するという考え方を普及させていく足がかりとして,複言語話者のライフストーリーの公開は重要だと,私も考え始めたところです。一方で,活字で知るだけでは,個々のライフストーリーの固有性に惑わされてしまい,現実の出会いに向き合う時に意識の軸として応用できる鍵のような抽象的概念を,そこからつかむのは難しいかもしれないとも感じています。
本書は,1)子どもの直面する課題を考える,2)子どものことばの学びと実践を考える,3)子どものライフコースを考える,という3ステージからなります。1)2)については,実際のエピソードの提示により理解や議論が深まるだろうと感じますが,3)で行なうライフストーリー分析は,ワークブック利用者にとって難しい点はないでしょうか。試用版の授業ではどうでしたか。

◆川上:出版の前に,早稲田の学部生を対象に2年間試用版を使いました。受講生50名のうち,半数近くが「移動する子ども」の経験を持つ学生で,日本人の親と共に海外で暮らした後大学で日本に戻る学生や,幼少期に日本の公立学校に通っていた留学生がいました。その経験では,3)のステージが一番盛り上がりました。複言語・複文化を持つ受講生たちが自分の問題として発言をし,それが共有され,一緒に考えていく学びが展開します。教員は必要以上に介入しませんでした。受講生同士の意見交流の方が,一人の教員の力よりも強いと気づいたからです。
「外国へつながる子ども」への日本語教育という問題設定ではなく,「移動する子ども」という経験と記憶を持つ人が,自分の中にある複言語・複文化とどう向き合うか,そしてそれをどう理解し,教育的支援をしていくか,これはこれからの社会における,また大学教育の重要な課題だと思います。

----複言語複文化能力を考える私のゼミでも,来年度使ってみようと思います。ありがとうございました。

子どもたちや研究者に寄り添ったテキスト

徳井厚子(信州大学教育学部)

2014年10月17日発行『ルビュ「言語文化教育」』513号「この本がおもしろい」より許可を得て転載]

「え,これ,フツウのテキストとはどこか違うね」

筆者の研究室のゼミ生が本書をみて,まず発した言葉である。

どこが違うのか… 本書は,副題にもあるように,子どものことばを「考える」ためのワークブックである。単に何かを覚えるというイメージのテキストとは異なり,テキスト自体が,「読者同士が一緒に話し合いながら考えていく」ための「手がかり」の役割を果たしている。そういう意味で,本書はこれまでの「テキスト」観を覆すといってもよいだろう。

本書は,「子どもが幼少期より複数の言葉に触れ成長するとどのような状況に遭遇するのか,突然国境を越えて移動した子どもが青年期から大人になるときに複数のことばを話す自分とどう向き合い,アイデンティティを形成しているのかなどについて考える」(本書より)ことを目的としている。本書では,国境を越えて移動する子どもが抱える課題とは何か,どのような状況なのかを,豊富なエピソードをもとに当事者の立場に立って考えることができる。

本書で取り上げられているエピソードは豊富で,例えば日本人学校の「応援歌」の歌詞だったり,日本に住む外国籍児童生徒の事例であったり,日本に留学中の日系3世の事例であったり様々な場面が挙げられている。国境を越え,移動する子どもはひとくくりでは捉えられなくなってきていることもわかる。

いくつかのエピソードを読みながら,以前高等学校で帰国生の取り出し授業で日本語を担当していた頃のことを思い出した。「自分にとって日本は母親のような存在だが,(長く住んでいた)カナダは恋人のような存在。どちらも大切にしたいがどちらか一方にしか住めない」という苦しみを日記に書いていた生徒がいた。当時の自分は教師として,的確なアドバイスはできず,このような思いに寄り添おうとすることしかできなかったと思う。それでも,寄り添おうとすること自体は当事者にとっても教師である自分自身にとっても意味のあることだったのではなかったかと思う。本書は様々なエピソードが出されているが,これらを通して当事者に「寄り添おうとする」ところに意味があるのではないかと思う。

また,本書はエピソードをもとに子どもに関する課題を考える内容だけではなく,子ども向けの教材分析やライフストーリーの解釈のような研究方法に関する内容も盛り込まれている。単に方法論が書かれているのではなく,(研究者である)読者に寄り添いながら「一緒に」研究を進めていくという形で展開されている点が従来の方法論の教科書とは異なる点である。

著者らの豊富な体験と研究の蓄積が,子どもたちや研究者に寄り添った形でわかりやすくまとめられている書といえるだろう。