大学院で年少者日本語教育を学びたい
―川上研究室に入学を希望する人へ―
最近,早稲田の大学院で年少者日本語教育を学びたいと希望する人が増えています。
そこで,どのようにすれば入学できるのか,入学前にやっておいた方がいいことは何か,また入学後,修士論文,博士論文はどのように作成するのか,そして修了後,どのような方面で仕事ができるのかなどについて,役に立つ情報を以下に提供します。
1.入学前にやっておいた方がいいことは?
1.1.子どもに日本語を教えてみよう
年少者日本語教育をめざす人は,国内であれ,国外であれ,基本は子どもに日本語を教えるということです。ボランティアでいいので,子どもに日本語を教えることを経験してみましょう。きっと,何か発見があるはずです。
そのような実践をしながら,基本的な文献を読みましょう。まずは,川上郁雄の「移動する子ども」シリーズは必読です。隅から隅まで読みましょう。そのうえで,さらに,このWEBサイトで紹介されている論文や著書を読むことを勧めます。
「移動する子ども」シリーズは,川上郁雄研究室の研究成果をまとめたものであり,年少者日本語教育の最先端の問題意識がつまっています。特に,川上がいう「移動する子ども」というコンセプトは,今後の年少者日本語教育の基本となるものです。修士課程も博士課程でも,このことは同じです。しっかり理解してから入学されることを勧めます。
実践をし,文献を読みながら,自分の最も関心のあるテーマは何かを考えます。あなたが最も関心のあるテーマが,あなたの問題意識になります。
文献を読みながら,気になったことや面白いと思ったことを,ノートにメモしましょう。そのときに,どの文献を読んでそう思ったのか,文献の情報も簡単にメモしておくと,あとで読み返したときに役立ちます。
そのような作業を3ケ月行い,メモを見ながら,自分の問題意識を整理し,確認します。問題意識に関する複数の問題を整理できれば,「研究計画」を書く段階に入ったことになります。たとえば,「子どもに漢字を教える方法を研究したい」という問題意識があっても,そのままでは「研究計画」は書けません。教材,教授法,子どもの認知発達,学習環境など多様な要素が,このテーマに関連していますから,それらの要素と関連づけながら,あなたがなぜそのテーマに取り組むのか,その研究テーマがなぜ重要なのか,どのような研究意義があるのかを考え,「研究計画」を書きます。このように,自分のテーマを立体的に書けることが,一次選考の合格につながります。
1.2.日本語教育を広く勉強しよう
大学院で学ぶには,年少者日本語教育に限らず,日本語教育の広い知識が必要です。入学してから困ることのないように,よく勉強しておいてください。もちろん,入試の二次選考では「筆記試験」があり,日本語教育の知識や考え方が問われます。できれば,日本語教育能力検定試験を受けることもお勧めします。これに合格しなければ大学院に合格しないというわけではありませんが,日研に合格する人には,この検定試験に合格している人が多いことも確かです。
1.3.プロ意識を持とう
大学院は,学部と違い,専門家養成の教育機関です。修了後に日本語教育の専門家となるためには,入学前からプロ意識を持つように心がけてください。入試でも,修了後の進路について意見を聞かれることがあります。しっかり答えられるように準備をしましょう。
川上郁雄研究室で学び修士課程,博士課程を修了した先輩たちが修了後,どのようなところで活躍しているかを別表(川上研究室修了生の進路先)にまとめました。ご参考まで。
年少者日本語教育の専門職は,まだ確立されていません。そのため,初等中等教育の教員免許をとることをお勧めします。いま学部に在籍している人はいまからでも遅くないので教職科目を取るなど教員免許の取得をめざしましょう。また早稲田の大学院に入学してから,早稲田大学教育学部で教員免許を取ることも可能ですが,教育学部の授業が通年科目であるため,大学院で教員免許を取る人は4月入学を勧めます。また教育学部の授業を履修するには,手続きを入学前の2月に行わなければなりません。詳しくは,日本語教育研究科の事務に問い合わせください。
2.「年少者日本語教育の専門家」になるために――入学後の心得
2.1.年少者日本語教育の実践研究
新宿区,目黒区の小学校,中学校に在籍するJSL児童生徒に日本語を教える「実践」が大学院の授業のひとつとしてあります。これは「実践研究」と呼ばれる授業です。毎週,小学校や中学校で実践をし,その内容を授業で報告をし,教え方や課題についてクラスで協議を行います。この授業を受講する人はコースの最後には実践レポートを書きます。そのレポートは,『年少者日本語教育実践研究』としてまとめられ,当研究室のWEBサイトで公開されます。このレポート作成は重要です。このレポートを書くことが,修士論文の作成に役立ちます。このレポート作成は,自分の実践を振り返り,内省すると同時に,論文の書き方や先行研究レビューを学ぶことにもなるからです。川上郁雄研究室で学ぶ人には,この「実践研究」を3期目まで受講することを勧めています。ただし,単位が出るのは,1期目だけです。実践重視ということです。これまでの『年少者日本語教育実践研究』を参照ください。
2.2.M1論文作成
川上郁雄研究室では,修士課程1年生のときに,1年間の成果をまとめた「M1論文」を書くことを勧めています。この「M1論文」は,自分の研究テーマに関する先行研究のレビュー論文です。この論文は,修士論文につながる「論文」になります。締め切りは,4月入学者は2月末日。9月入学者は8月末日。「M1論文」コーナーを参照。
2.3.「論文解題」と「書評」
1年間の勉強で「年少者日本語教育」に関連する優れた論文と著書を論評する文章を書いて提出します。締め切りは,M1論文と同じ。
2.4.日本語教育の専門家をめざす
大学院では,「理論研究」,「実践研究」のほかに,課外活動として,日本語教育研究センターで行われる留学生を対象にした「日本語クラス」の「日本語ボランティア」,「日本語チューター」,「TA(教務補助)」などがあります。これらに積極的に参加し,日本語教師としての資質向上に努めましょう。また,他大学や学外の日本語学校などで,大人を対象にした日本語教育に携わることも,在籍中に行うことは可能ですし,奨励されています。
3.修士論文作成は,どのように進めるのでしょうか
年少者日本語教育の研究は,実践をしながら考え,考えながら実践をし,さらに自分の日本語能力観や日本語教育観を形成していくことが目的です。
したがって,実践から考え,考えて文献を読み,さらに考えて実践するというサイクルの中で考えを深めていきます。
1期め:実践から「文献リスト」づくり
3.1.実践から自分の研究テーマを掘り下げる
「年少者日本語教育実践研究」を行いながら,論文や著書をしっかり読むこと,また批判的に読むことを学びます。
3.2.日本語教育以外で,自分の研究テーマに関係する論文,著書を探す
これは,自分の設定する問題を解くために必要な文献になります。それは分析視角や分析枠組みなどを立てるときに,参考にしたり応用したりするために必要なのです。
2期め:修士論文のテーマと構想
3.3.実践や調査から何を学ぶのかを考える
次の段階で必要なのは,自分の実践や調査を振り返り,自分が何を学んだのか,何がわかったのかを考えることです。そのことから,さらに,論文や著書を読んでは,また自分の実践や調査を振り返ります。そのような作業から,徐々に,自分のテーマ設定が日本語教育の中ではっきりしてきます。1年めの終わりには,自分の実践や調査に関連する先行研究レビューをまとめます。
この過程で,自分の修士論文の構想も徐々にはっきりしてくるでしょう。自分の修士論文の章ごとに参考文献を配置したり,この章では,この論文とこの著書を参考にこういうことを論じていこう,とか,考察ではこのような方向性でまとめていきたいといったことが,この時期から可能になります。意識的,かつ戦略的な「文献探し」「文献整理」もできるようになるでしょう。
実践研究と理論研究(2年目)
3期め:修士論文研究の充実期
3.4.もっとも楽しい時期
1年目の「年少者日本語教育実践研究」を受けて,自分のテーマを掘り下げていきます。「M1論文」を書いたひとは,自信をもって実践や調査を進めることができます。
1年目の文献研究および実践研究を踏まえて,2年目に,実践や調査を重ねていき,論文作成を進めます。2年目の「ゼミ(演習)」では各自の論文のテーマにそって授業を進めます。もっとも充実した期となるでしょう。
論文完成へ(2年目:4期目)
4期め:修士論文研究の完成期
3.5.もっとも苦しく楽しい時期?
4期目は論文作成が中心になるでしょう。他の人の進み具合が気になる時期でもありますが,自信をもって落ち着いて考え,少しずつ修士論文を書き進めます。ゼミでは,毎回,ゼミ生の修士論文の進捗状況が報告され,考えたことやテーマについての議論が進みます。修士論文を書き終えて大学院を修了した先輩たちが,「みんなで議論ができた,あの時間と空間が懐かしい」と振り返るほど,ゼミの時間はゼミ生が成長するために必要な苦しくも楽しい時間なのです。あなたも,この「至福の時間」に参加してみませんか。