いまなぜ産学官連携なのか

第二言語習得研究室 管理責任者 宮崎里司

早稲田大学は,長年蓄積された多様な英知や見識を広く社会に還元することを責務とし,庶民の大学として,地域と大学との関係構築を最優先課題のひとつに掲げてきた。一方,自治体も,いままでの縦割り行政を再構築し,大学機関などとの横のネットワーク形成を模索するとともに,限定的な事業展開に終始しがちであった連携を,地域社会全体に拡げる意識化を図ろうとしている。

こうした状況の下,新たな産業の創出だけに留まらず,地域の活性化のために,大学と自治体とが協同歩調を取り合いながら,「産学官連携」事業を,喫緊の課題として捉える機運が高まってきた。そこで,早稲田は,候補となるべき自治体として,これまで70年以上の歴史がある隅田川早慶レガッタなどを通して,深い縁続きの墨田区をパートナーに選び,文化の育成・発展や産業振興,人材育成,まちづくり,学術等幅広い分野での相互連携を図る目的で2002年12月24日に,産学官連携に関する協定書を取り交わすに至った。現在では,墨田区に続き,新宿区杉並区川口市とも提携を結び,学内の平山郁夫記念ボランティアセンターなどが小中学校での学生ボランティア活動を展開するとともに,日本語教育の分野でも,外国人の就学児童が多い新宿区などに対して,小中学校や幼稚園における日本語指導ボランティア協定を結び,大学院生のボランティアの派遣を行っている。

地域全体の活性化を目的とした墨田区との連携は,全国的にも比類のない試みとして注目されているが発端は,2001年に,すみだ中小企業センターで開催された「すみだものづくり21世紀フェア」に,早稲田大学のTLO(技術移転機関 Technology Licensing Organizationの略称)である,産学官研究推進センターが参加したことに始まる。連携事業の拠点となるのは,旧西吾嬬(にしあずま)小学校の校舎を改修して設立された,すみだ産学官連携プラザ,早稲田大学すみだサテライト・ラボラトリー(参考:Waseda Weekly「早稲田大学すみだサテライトラボ」オープン)である。今般,大学院日本語教育研究科言語習得研究室は,日本語教育を主軸に,多文化共生を視野に入れた新たな研究活動を展開するため,同ラボ内に分室を設けた。主な設置理由は,以下の3点である。

  1. 外国人力士の日本語習得を研究課題の一つとする研究室管理責任者が,「すもうの街」すみだで,地の利を得た,よりダイナミックな研究活動を展開するため
  2. 言語習得研究室に在籍する院生に,これまでの日本語教育の座標軸を捉えなおし,地域で展開される日本語教育を実体験させること。加えて,問題意識を萌芽させ,参与観察,ならびに問題発見解決型研究の重要性を理解させることが焦眉の急であると判断したため
  3. 1,2の活動を通して,さまざまな束縛や制約に囚われない,独立不羈(ふき)の精神を養い,自由闊達な研究を推進させる上で,ひとつのモデルを確立する拠点にするため

今後の研究活動項目の概要は,順次,ホームページで発信していく予定であるが,既に,2004年2月7日(土)に,曳舟文化センターで,山形県銀山温泉,藤屋旅館女将の藤ジニー氏(参考:読売新聞「青い目の女将は“楽天家”」)と,財団法人日本相撲協会,高砂部屋師匠夫人の長岡恵氏を招いて行われる,すみだ・早稲田大学産学連携事業公開記念講演会(すみだ中小企業センター,NPO法人すみだ学習ガーデン共催),「すみだとワセダと国際化-老舗旅館とすもう部屋おかみの語らい」が企画されている。そのほかには,現在,墨田区の国際交流事業への参加,文花中学夜間学級(墨田区文花1-22-7)の日本語教育支援,さらには,文花子育て相談センター(墨田区文花1-20-3),すみだ子育て相談センター(墨田区横網1-2-13)における外国人児童のバイリンガル教育支援などが,研究トピックの候補として検討されている。

言語習得研究室は,教育,研究と共に,コミュニティ・サービス(地域社会への貢献)を,「大学人」が担うべき大きな役割の一つとして捉え,大学で創生された「知」の財産を,社会で援用し,同時に社会現場からも学び取るといったバランス感覚を併せ持つ,足腰のしっかりした教育研究者の養成を目指している。

これからの研究事業の展開に対し,ご理解とご支援を賜れれば幸いである。

参考