ひとこと

私が言語学者になったワケ

大修館書店メールマガジン「げんごろう」2006年1月号より

人生の節目にお世話になった恩師がいる。昨年他界した,早稲田の木村宗男先生,大学時代,日本語教育の面白さに触れることができた。そして,モナシュ大学(メルボルン)時代,研究者として育ててくださった恩師でもあり,また同僚でもあったネウストプニー先生である。

私が,海外で日本語教育にかかわってみたいと思いたったのは,新宿にある日本語学校で教 師をしていた30歳の頃であった。ある先生から,当時モナシュで学位を取得されたばかり の尾崎明人先生(現名古屋大学教授)を紹介されたのがきっかけである。

それが縁で,主任教授であったネウストプニー先生と,東京でお会いし,運良く講師の職に就き,家内と乳飲みであった息子を連れ立っていったのは1988年。秋とは言え,まだ日差しが強い3月であった。

ネウストプニー先生は,モナシュを退官された後,大阪大,千葉大,桜美林大でも教鞭をとられ,日本語教育に多大な影響を与えた言語学者である。20年近くお付き合いさせていただくうち,同じ分野で研究や後進の指導をしている今の自分を振り返る。「同じ道を歩んでいるな」と思い,感慨ひとしおである。

そんな私に転機をもたらした研究素材があった。外国人力士の日本語習得である。朝青龍をはじめ,なぜあのようにうまいのか。「自然習得」,「学習ストラテジー」,「自律学習」などといった,言語習得のキーワード,さらには,「おかみさんの役割」や「状況論的学習」などといった側面から分析し,番付と日本語力は比例するという仮説を立ててはみるものの,未だ,「胃の腑に落ちる」理論的解明には至っていない。

そんな時,「恩師だったら,どのように指導してくれるだろうか」,と思うが,「軸足がしっかりしている言語学者は,一人で問題解決できるぞ」と励まされる自分を想像し,奮い立たせている。

今でも,こうした見えない響きあいによって成長する日々が送れるのも,恩師に恵まれた言語学者の醍醐味かもしれない。

宮崎里司(みやざき さとし)……早稲田大学を経て,モナシュ大学日本研究科博士課程修了。日本語応用言語学博士(Ph.D)。早稲田大学大学院日本語教育研究科教授。オーストラリア研究所所長。著書:『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(明治書院)『おかみ学:なぜ人を育てるのがうまいのか』(PHP出版)『言語研究方法論』(くろしお出版)(共編著),『新時代の日本語教育をめざして:早稲田から世界へ発信』(明治書院)他