2003年度 台湾:日本語教育夏期研修会報告

(財)交流協会日本語センター主催

集合写真(財)交流協会日本語センターは,近年の台湾における日本語学習者の増加に伴い,日本語教育に対する総合的な支援を目的として,平成12年(2000)7月1日に台北事務所内に設立されました。センターは活発な利用を通じて教師間のネットワーク形成を促進し,台湾日本語教育に対する助成を続けています。

具体的には,現職の日本語教師や教師予備軍となる方々への支援を目的に,研修会や講演会などを開催し,月に一度の中等教育研修会や特別研修会,講演会,さらにはワークショップ形式で学ぶ日本語教育研修会が,年2回開かれています。

この日本語教育夏期研修会の講師として,「台湾における“日本事情"教育を考える」というテーマのもと,以下のような講義内容で,高雄会場(交流協会 高雄事務所 8月30日~31日),台中会場(東海大学 9月2日~3日),台北会場(9月5日~6日)を巡回してきました。

文責 言語習得研究室管理責任者

もくじ

概要
目的
2003年9月5日(金)
(1) 10:00~12:00 新しい日本事情「理解から行動」へ
この講義では,「日本事情」とは何かについて説明し,あわせて,これまでの「日本事情」教育を見直し,どのように展開すべきかを考えていきます。
(2) 13:30~15:00 もうひとつの「日本事情」――自ら作る,「日本事情」用リソース
「日本事情」は「日本」の事情なのか?ここでは,台湾の「日本事情」について,事例を紹介しながら,日本語教育に導入するプログラムの試案を作ります。
メルボルン地区の「日本事情」
2003年9月6日(土)
(3) 10:00~12:00 これからの日本語教師と学習者が考えること
一日目の内容を参考に,「日本事情」教育を通して,これからの日本語教育について,教師と学習者が留意しなければならないことを,「自律学習」と「学習ストラテジー」をキーワードにして解説していきます。また,自律学習の具体例として,財団法人日本相撲協会に所属する,外国人力士や,山形県の温泉旅館を切り盛りしている,アメリカ人女将に焦点を当て,どのように「日本事情」能力を習得してきたかを解明します。
(4) 13:30~15:00 これからの日本語教育
これからの日本語教育および日本事情教育は,どのような座標軸で捉えるべきでしょうか。具体的な事例として,マルチメディア遠隔教育やオンデマンド教育といった,最近の動向を,わかりやすく解説し,こうした教材が,「日本事情」教育や学習にどのように応用できるかについても考えていきます。

概要

テーマ台湾における“日本事情”教育を考える
台北会場財団法人 交流協会日本語センター
台北市慶城街28號通泰商業大樓3F
担当講師宮崎里司(みやざきさとし)(早稲田大学大学院日本語教育研究科)
e-mail : miyazaki[半角に→][←半角に]waseda.jp

研修会では,まず「日本事情」とは何かを取り上げ,これまでの「日本事情」教育を見直し,これからの日本語教育および日本事情教育は,どのような座標軸で捉えるべきか,また,どのように展開していくべきかを考えていくことに主眼を置きました。そして,これまでの「日本事情」教育から,(1)「日本事情」教育は,「理解」のためか「行動」のためか,(2)「日本事情」の知識を教えれば,学習者は,日本や台湾で,日本人と接触する場面での問題は起こさないですむのか,そして(3)日本事情教育は,「日本」の事情に焦点を当てた教育だけで十分か,という問題提起も試みました。

具体的な例として,従来考えられていた「日本国内の日本事情」とは異なる「海外での日本事情」をもう一つの日本事情と捉え,台湾における日本語のインターアクション能力の習得という観点から,台湾南部,中部,北部それぞれの地域に即した「日本事情」用リソース作りを行いました。さらに,教室で教えられる「日本事情」と,教えられない「日本事情」,台湾でも教えられる「日本事情」と,日本では教えられない「日本事情」についても意識化させ,Large C文化と,Small c文化 に関する,バランスの取れた学習や教育の重要性に言及しました。

このほか,日本相撲協会所属の外国人力士や,山形県銀山温泉藤屋旅館の女将藤ジニーさんのなどといった,自然習得環境の中で社会文化能力を習得している「自律学習者」にも注目し,「日本事情」能力習得についての具体的に解説しました。さらにマルチメディアを利用した遠隔教育や,ビデオ映像の配信とあわせ,BBS等を通した担当教員との質疑応答も可能なオンデマンド型教育による日本語教育の方向性を示しました。

会食の模様

今回の研修会では,台湾の日本語教育関係者の方々と,新たなネットワークが構築できただけではなく,意見の交換や,私の日本語教育に対する捉え方に共鳴してくださる方も数多くいることがわかり,今後の相互交流の進展が期待できました。多様な発想や考え方が提示された今回の研修会は,「台湾の日本事情」教育への新たな可能性が示唆できたと思われます。

最後に,準備段階から,今回の研修会を支え,ご協力を得た多くの関係者の方々に謝意を表したいと思います。とくに,交流協会台北事務所日本語専門家の,藤井彰二先生,上條純恵先生,武下志保子先生,同高雄事務所の,石川清彦先生,泉史生先生,台中の会場となった,東海大学の黄美慧先生,台北でお会いした台湾大学の陳明姿先生や淡江大学の劉長輝先生に対しては,この場を借りてお礼申し上げます。

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目的

この研修では,台湾における「日本事情」教育を考えながら,これまでの「日本事情」教育の反省を踏まえ,その目標を設定しなおし,日本語教師によって,何が教えられるかについて考えます。また,実際の「日本事情」教育の授業で使用している,教科書,教材などをもとに,これまでの「日本事情」教育経験を通して,工夫してきたこと,なかなかできなかったことを情報交換し,台湾における「日本事情」教育の問題点を明らかにするので,台湾の日本事情教育について,受講生からの積極的な情報提供や,受講生間の意見・情報交換を期待します。また,教師と学習者が留意しなければならない「自律学習」に注目し,自然習得環境の中で,社会文化能力を習得している,外国人力士や,温泉旅館で,宿泊客のお世話をしているアメリカ人女将などに焦点を当てながら,そうした学習者の日本語能力を検証していきます。さらに,マルチメディア型遠隔教育を利用した,現職者研修,教師養成用ビデオ・オンデマンド教材を紹介しながら,こうした教材が,「日本事情」教育や学習にどのように応用できるかについても考えていきます。

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(1) 新しい日本事情「理解から行動」へ

この講義では,「日本事情」とは何かを取り上げ,あわせて,これまでの「日本事情」教育を見直し,どのように展開すべきかを考えていきます。

1 日本の日本語教育での,「日本事情」の取り扱い

「日本留学試験」,「日本語能力試験」,「日本語教育能力試験」のシラバスを見て,「日本事情」の項目に何が書いてあるかを探しましょう。

2 出席者同士でペアを作り,「日本事情」の授業で使用している,教科書,教材などを持ち寄り,お互いどのような「日本事情」を教えているのかについて,次の点について情報交換をしましょう。

2-1 「日本事情」教育の授業で,工夫してきたこと
2-2 提供している,「日本事情」の情報は,学生が本当に知りたい情報か?
日本事情項目の例
歴史,経済,政治,科学,医学,社会,風俗,習慣,地理,教育,言語,観光,工業,ファッション,食文化,若者文化,宗教,アニメ,伝統文化,スポーツ,文学,日本の「台湾」,など

3 「日本事情」を教える授業での反省点

3-1 あなたの「日本事情」教育は,「理解」のためか「行動」のためか
3-2 「日本事情」の知識を教えれば,学習者は,日本や台湾で,日本人と接触する場面での問題は起きないだろうか?
3-3 現在の「日本事情」教育は,どのような日本語学習に役立っているのだろうか。
3-4 日本事情を教える日本語教師の傲慢
本当の日本事情を教えているだろうか?
ステレオタイプ助長型日本事情教育?
「日本では・・・・」
「日本人の考え方は・・・・」
「日本人と台湾人の違いは・・・・」

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(2) もうひとつの「日本事情」

参加者への質問

  1. 1 「日本事情」教育は,「日本」の事情教育か?
  2. 2 教室で教えられる「日本事情」と,教えられない「日本事情」は何か?
  3. 3 台湾でも教えられる「日本事情」と,日本では教えられない「日本事情」とは何か?
  4. 4 授業で教えているのは,Culturecultureか?

早稲田に留学した台北出身の台湾人留学生,林月琴さんの悩み。

「淡江大學では,先生がアレンジしてくれた,日本人ビジターセッションなどで,楽しく勉強していました。卒業してから,早稲田に1年間留学し,今年帰国しました。これから,せっかく身に付けた日本語を活かすために,日系企業で働きたいと考えています。しかし,仕事で忙しいため,なかなか学校では勉強できないし,上級レベルのクラスは,あまりないようです。そこで,自分で工夫して勉強しようと思いますが,どのように勉強すればよいかよくわかりません。そして,最近は,覚えるよりも,忘れないようにするには,どうすればよいか,考えるようになりました。」

1 あなたは,このような悩みをもつ学生に対し,どのような助言ができますか。
2 ペアワーク

「日本事情」は「日本」だけの事情でしょうか?ここでは,台湾の「日本事情」について,事例を紹介しながら,日本語教育に導入するプログラムの試案を作ります。台北で日本語を勉強する場合,教科書以外にも,「日本」に関する,数多くのリソースに触れることができます。「もうひとつの日本事情:海外でのインターアクションのための日本語教育」『21世紀の日本事情』第2号を参考に,どのようなリソースがあるか,表を作成し,発表してください。

メルボルン地区の「日本事情」

項目リソース
日本語メディア日豪プレス(日本人観光客及び在住者向け月刊誌),DOMO(日本人在住者向け情報誌),Southern Sky,(ビクトリア,サウス・オーストラリア,タスマニア在住の日本人向け情報誌)JOOHO(ビクトリア州で発行されている日本人観光客向け情報誌),ユーカリ(ビクトリア州で発行されている日本人在住者向け情報誌)
Web pagehttp://www.trint.com.au/ 他
日本書店,ビデオJapan Book Plaza,ほんや,東京マート,すずらん他
旅行代理店JTBオーストラリア,トラベルボックス,H.I.S.トラベル
総領事館関係在メルボルン日本国総領事館,ジャパン・インフォメーション・サービス
日本人会メルボルン日本商工会議所
その他の団体全豪日本クラブ,豪日協会,メルボルン日本人会(日系法人とその社員中心),ビクトリア日本クラブ(永住者中心),しゃべろう会,ホープ・コネクション(日本人のための福祉団体),メルボルン日本研究センター,メルボルン日本語教育センター,日本貿易振興会(JETRO),モナシュ大学日本語クラブ,メルボルン稲門会(早稲田大学出身者校友会),メルボルン三田会(慶應大学出身者校友会)
日本食料品店メルボルン大丸,東京マート,ジャパンマート,すずらんなど
日本レストラン剣山,サントリー,関西,ヨコハマ他多数
国際交流基金ニュースレターJapan Foundation Sydney Language Centre(国際交流基金 シドニー日本語センター),Dear Sensei(ニュースレター)
日本語教師会JLTAV(ビクトリア日本語教師の会)
姉妹都市大阪市,愛知県(姉妹県)
主な進出企業トヨタ,大丸,ヤクルト,三井物産,雪印など
施設ジャパン・セミナーハウス
日本人に関する書籍『オーストラリアの日本人』
日本語バイリンガルプログラム導入校Huntingdale Primary School,Caulfield Junior College,Gruyere Primary School
日本語コース設置大学モナシュ大学,メルボルン大学,ラトローブ大学,スィンバン工科大学,RMIT他
日本語コース設置校(中・高)Brighton Grammar School他多数
全日制日本人学校メルボルン日本人学校
補習校(土曜日のみ)メルボルン国際日本語学校

(3) これからの日本語教師と学習者が考えること

一日目の内容を参考に,「日本事情」教育を通して,これからの日本語教育について,教師と学習者が留意しなければならないことを,「自律学習」と「学習ストラテジー」をキーワードにして解説していきます。また,自律学習の具体例として,財団法人日本相撲協会に所属する,外国人力士や,山形県の尾花沢にある,老舗温泉旅館を切り盛りする,アメリカ人女将に焦点を当て,どのように「日本事情」能力を習得してきたかを解明します。

ペアワーク

なぜ,こうした外国人は,短期間に日本語を習得できたのでしょうか。また,なぜ,皆さんが教えている学生の日本語学習は,なかなか上達しないのでしょうか。

「日本事情」との関連で考えてみましょう。

パワーポイントの情報

  1. 「外国人力士はなぜ日本語がうまいのか」
  2. なぜこの研究をはじめたか
  3. 教室場面に現われず,教師によって習得の管理をされない日本語学習者
  4. 自然習得・自律学習グループ
  5. 社会的ストラテジー能力のモデル習得
  6. 外国人力士の日本語習得
  7. 日本相撲協会所属の外国人力士
  8. 外国人力士第一号 平賀将司 (昭和9年入門)アメリカ国籍の日系二世
  9. これまでの外国人総入門者数 19ヶ国 146人 (2003年7月現在)
  10. 現在の協会所属者数 11ヶ国 52人(2003年七月場所)
  11. 日本人力士 656人
  12. モンゴル(35),ロシア(4),アメリカ(2),韓国(2),トンガ(2), ブラジル(2),グルジア(1),チェコ(1),中国(1),アルゼンチン(1),ブルガリア(1)
  13. 力士全体の7.4%
  14. 日本人力士出身地別 愛知県(56),大阪府(50),福岡県(44),東京都(43),鹿児島県(30)
  15. 外国人力士の日本語習得研究
  16. 研究仮説
  17. 番付と日本語力は比例する?
  18. 一般の日本語学習者の習得過程と,何が異なるのか?
    3つの大きな特徴
    1 言語学習ストラテジー
    2 学習リソース
    3 日本語に漬け浸される環境
  19. 特徴 1 言語学習ストラテジー
  20. 直接ストラテジー,間接ストラテジー
  21. 最重要学習ストラテジー
    • 社会的ストラテジー
    • メタ認知ストラテジー
  22. 1 社会的ストラテジー:ネットワークに働きかけるストラテジー
  23. 外国人力士の会話行動ネットワーク
  24. 親方(相撲部屋師匠),おかみさん(師匠夫人),兄弟子,床山,呼び出し,行司,同門の関係者,ご近所,協会関係者,タニマチ,マスコミ,ファン
  25. おかみさんの役割
  26. 24時間体制の理想的教師
  27. 親方,兄弟子の役割
  28. 多様なインターアクション場面
  29. 稽古場,チャンコ場,相撲部屋,教習所,タニマチとの交流,地元との交流,巡業先,後援会とのつきあい,ファンとの交流
  30. 力士が使うリソース:テレビ,ラジオ,ビデオ,映画,カラオケ,電話,番付表,ファンレター,日本人ネットワーク,スポーツ新聞,漫画雑誌,相撲雑誌,広告,E-メール,インターネット
  31. 力士が使わないリソース:日本語教師,日本語教科書,辞書
  32. 応用 2 学習ストラテジー・トレーニング
  33. 間接ストラテジーの習得
  34. 応用 3 伝統的な教室場面以外でのインターアクション
  35. 応用 4 自律学習の意識化
  36. 応用 5 言語習得に対する管理の意識化
  37. 応用 6 教師管理と学習者管理の意識化
  38. 教室場面に現われない日本語学習者への関心
  1. 山形県銀山温泉 藤屋 女将藤ジニーの場合
  2. 接触場面でのインターアクション能力
  3. 言語能力
    • ビジネス文書の理解
    • ホスピタリティ日本語の使用
  4. コミュニケーション能力
    • 待遇コミュニケーション(e.g. 敬語・敬意行動)
  5. 社会文化能力
    • しきたり・立ち振る舞い
    • 着付け・生け花・琴・習字
  6. 日本人との接触
    • 宿泊客,家族,仲居,調理場,女将会,旅館組合関係者,保育園関係者,地域の人々
  7. 学習のためのリソース
  8. 業務用書類,電話,辞書,手紙,方言話者
  9. 言語習得の特徴 1
    • 日本語に漬け浸されたイマージョン環境
    • 豊富な社会文化情報のインプット
    • 意識化された言語習得
    • ネットワーク
    • リソースの効果的な使用

(4) これからの日本語教育

これからの日本語教育および日本事情教育は,どのような座標軸で捉えるべきでしょうか。具体的な事例として,海外の日本事情教育(アメリカ,オーストラリア)の一例や,オンデマンド型(Video On-demand)遠隔教育といった,最近の動向を,わかりやすく解説します。

1 海外の日本事情教育

ここでは,アメリカやオーストラリアの大学で,バイリンガル教育の一環として開発された,「イマージョンプログラム」について,わかりやすく解説します。

2 早稲田大学が新たに開発した,日本語教育学オンデマンド講座

「教師の自律化と言語習得」宮崎担当を紹介し,新しい日本語教育の方向について,知見を高めます,このオンデマンド講座は,ビデオ映像を配信するだけではなく,担当教員とのBBSによる,質疑応答も可能になっています。

こうしたオンデマンド講義の中で,どのようなことが可能か考えてみましょう。