書評

『言語研究の方法――言語学・日本語学・日本語教育学に携わる人のために』
J.V.ネウストプニー/宮崎里司 共編著

言語の研究・教育実践の道しるべに
評者:宮副ウォン裕子

(アルク『月刊日本語学』2002年9月号 76頁より転載)

本書は,言語研究の方法論プロセスの体系的詳述と文献紹介を統合した書である。 冒頭の文章「言語学は,人間の言語問題を解消する道具としてできたものであるし, そう考えられるべきであろう」に,本書に一貫して流れる理念が凝縮されている。 研究遂行過程で,調査対象者を「被調査者」や「データの出所」として扱うのではなく,常に調査対象者のために行動すべきだという点は,研究者の倫理上の 姿勢として特に銘記したい。

日常の言語行動の場面(職場,パーティーなど)の調査,あるいは,言語コース開発に 向けたニーズ調査の実施時に,どんなデータを収集すれば客観的な分析結果が得られる だろう。言語問題の原因とその解決方法はどう調べるのだろう。本書は,このような 問いを持つ読者――(社会・応用)言語学,日本語学,日本語教育学などの分野で 研究・教育実践をしている(または,これから志す)人に,さまざまなレベルで 道しるべを示してくれるだろう。

まず,第一部「総論」は方法論プロセスの詳述で,研究テーマ,仮説の立て方,データ収集法,研究倫理を包括している。良質のデータを収集するには,データの自然さ, 適切さ,ふさわしい言語バラエティー(変種)の抽出がカギとなること,また,研究上の倫理について熟慮・検討すべきこと,などが特に強調されている。

第二部「各論」は,さまざまな調査法と応用例がわかりやすく提示されており,よりよいデータの収集のために,単一の方法によらず,それぞれの方法の欠点が補完しあえるような複合的データ収集法の採用を薦めている。語レ言葉研究の章は,録音・録画の方法,一日調査,文字化などが詳しい。書き言葉研究の章には,近年注目されてきた電子コーパスの構築とその研究例も示され,興味深い。談話データの表層部に出ない対象者の内省(深層部)の調査方法として,フォローアップインタビュー,アイカメラ,脳波研究,発話思考法,学習ダイアリーなどが研究例とともに紹介されている。

最後の第三部では,各種方法論を用いた論文(著書)が紹介されている。各論文の方法論のプロセスから研究結果のまとめに至る原著者の語り掛けに,読者は臨場感と感動を感じるだろう。16編の論文は,学部学生にも,論文作成を控えた院生にも,また,長年の経験を持つ研究者・教育実践者にも,それぞれの言語(教育)研究のテーマ探しや方法論選択への,よき羅針盤となるに違いない。

考えてみれば,私たちの日常生活の中で,どれほど多くの言語行動の事象が,断片的な印象やエピソードとして,またステレオタイプ化された固定的評価として,語られ記述されてきているだろう。この種の事象の再考や(再)検証のために必要不可欠な体系的方法論のプロセスを,本書は与えてくれる。

評者:宮副ウォン裕子(みやぞえ・うぉん・ゆうこ)
香港理工大学副教授,および大学院専門日本研究課程主任,香港日本語教育研究会会長。
専門は,社会言語学,日本語教育。
主要論文に,「The impact of a study/work programme in Japan on interactive competence in contact situations」(『世界の日本語教育』6号),「香港理工大学における[ビジネスのための日本語]を中心とした連携」『日本語学』16号)がある。