書評
『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか――あなたに役立つ「ことば学習」のコツ』
宮崎里司著,明治書院
明治書院『日本語学』2001年7月号「新刊・寸感」掲載
大相撲夏場所千秋楽の夜,殊勲賞を受賞した朝青龍がテレビに出演していた。インタビューへの受け答えの自然さに,モンゴル出身力士(のはず)という予備知識が一瞬ぐらついた。全くの日本人力士に見えたからである。そう言えば,引退した元横綱曙も「せっかく横綱になったんだから頑張らなくちゃね…」などと達者な日本語を披露していた。
確かに外国人力士は日本語がうまい。総じてうまいような気がする。なぜだろうか。誰もが気付いてはいるが,深く考えないままになっていた。それを正面から取り上げ,答えを出そうとしたのが本書である。言われてみれば,正にコロンブスの卵であるが,著者は言語習得研究の格好のテーマを見逃さなかった。アンテナの感度のよさと目の確かさに敬意を表さずにはいられない。副題に「あなたに役立つ『ことば習得』のコツ」とある。これは,著者の研究が実際の外国語学習への応用を強く志向していることの証拠でもある。
外国人力士たちは自らの退路を断ち,生存をかけて日本語の習得に励んでいる。そんなひたむきな姿が,著者のインタビューを通して浮き彫りにされる。掛け値なしのイマージョン(没入)教育が,思わぬ所で展開されていたのである。
『中日新聞』2001年5月6日「中日春秋」掲載
書店でタイトルにひかれて買う本がある。先日,手にしたのは『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(明治書院)だった。曙も武蔵丸も日本語の取材をそつなくこなしている。上達の秘けつがあるのだろうか▼早大日本語研究教育センター助教授の宮崎里司さんが,この本でその疑問を解き明かしている。相撲部屋に出かけていって,旭天鵬,朝青龍,星誕期らモンゴル,アルゼンチン出身の力士,親方,兄弟子,おかみさん,床山など約三十人に取材した▼入門して間もない朝青龍は,風邪で顔色の悪い兄弟子を気遣って「関取,顔悪いっすネ」と言って怒られた。曙は「電話で相手が『もしもし』って言ったら『亀よ』って答えるんだ」と言われたのを真に受け,電話に「亀よ」と繰り返した▼来日前,日本語であいさつもできなかった外国人力士にとって,入門初日から部屋が日本語道場となった。通訳はおらず,辞書も使わない。その代わり,朝げいこ,ちゃんこ番,カラオケなど二十四時間日本語漬けの生活。言葉を自分のものにして,番付を上げていく▼一人前になってからやってきて,通訳もつくプロ野球の助っ人外国人とはまるで違うのだ。「明けても暮れても日本語でしょ,うまくならないはずがないよ」とベテランの床山。つけ加えて「言葉をしっかり覚えないと相撲も強くならない」▼日本語を学ぶのではなく,相撲を日本語で学ぶのだ。「泳ぎ方の理論を教えるだけで実際にプールに入れないようなもの」と批判されてきたこれまでの英語教育を見直すヒントになる。
『読売新聞』北九州版2001年3月21日夕刊掲載
外国人力士は日本語が達者 :言語学的な視点で分析,紹介
一昔前の大相撲力士は無口が相場だったが,現代っ子力士は多弁。その中で外国人に注目した研究書,『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』が三月上旬に出版された。言語学の視点から,エピソードを交えて,外国人力士の日本語を紹介,春場所中ともあって大好評。
著者は外国人の日本語教育が専門。現役力士10人や親方,おかみさんなどにインタビュー。敬語,方言,相撲界独特の隠語など多様な日本語を生活のあらゆる場面で吸収していく様子を紹介している。
実際,九州場所などで接した外国人力士の達者な日本語には驚く。最大の勢力になったモンゴル出身力士の朝青龍は,1999年初場所初土俵ながら,支度部屋で報道陣の技術的な質問も難なくこなしている。師匠の若松親方(元大関朝潮)は「上下関係など日本的な人間関係もよくわかってるし,周囲への気配りもする」と話す。後援会の激励会などでも,へりくだった言葉を巧みに使うという。
横綱武蔵丸は片言ながら方言もときに織り交ぜる。取組後の支度部屋では何を聞かれても「分からないよ」が口癖だが,春場所では関西弁の「分からへん」に変わることも。
今年の春場所で全力士767人中,外国人の現役力士は39人を占める。日本語の習得に積極的で,彼らの奮闘ぶりを読むと,日本人が外国語を学ぶ際にも大いに参考になる。初版は売り切れ,近く増刷発行される。
『読売新聞』2001年3月18日朝刊「本よみうり堂:今週の赤マル」掲載
旭鷲山と旭天鵬は二人だけのとき何語で話すか。驚くなかれ,モンゴル語ではなく日本語なのだ。入門当時と違って,母国語を禁じられているわけではない。「日本語の方がすぐ出るし,しゃべりやすいんですよ」(旭天鵬)。プロ野球選手の助っ人選手らとは対照的に,外国人力士はなぜ日本語が達者なのか?
早稲田大学日本語研究教育センター助教授は,そこに着目した。幾つもの相撲部屋に足を運び,力士自身のほか親方,おかみさん,兄弟子,床山ら周囲の人々に取材する。相撲ファンにはこのインタビューがめっぽう面白いはずだが,著者はそれを通して,外国語の習得には何が肝心なのかを解き明かした。
辞書は引かなくても二十四時間日本語に漬かり,周りに早く溶け込もうとする強い動機を彼らは持っている。郷に入って郷に従う覚悟と順応性。これがない者に,語学上達の見込みはないと知った。
『J'Study』2001年秋号掲載
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