言語管理と脳の言語処理過程――事象関連電位(ERP)を使った日本語学習者のカタカナの表記逸脱研究

村岡英裕(編) 2004 接触場面の言語管理研究 3 社会文化科学研究科研究プロジェクト報告書 104 千葉大学大学院社会文化科学研究科 pp.91-105.

A process of language management in the brain — An empirical research on deviation of katakana expression by Japanese language learners using event related potentials (ERP)

宮崎里司(早稲田大学日本語教育研究科)
小山真希子(同研究科修士課程卒)
小暮良幸(同修士課程)

Abstract

The aim of the study is to identify a process of language management in the brain in comparison of event-related potential (ERP) indicated by native speakers and non-native speakers of Japanese focusing on how Japanese language learners can note information obtained from both auditory and visual katakana stimulus. The research findings indicate that there are some significant differences between native speakers and non-native speakers of Japanese in the management of katakana in the brain. For further development of Japanese language teaching and acquisition study, in order to increase hearing competence, it was suggested that more integrated activities such as visual confirmation task and re-production task should be introduced in language learning strategy training.

要旨

本稿は,外国人日本語学習者(Foreign Speakers of Japanese: FS)と日本語母語話者(Native Speakers of Japanese: NS)による,カタカナの聴覚及び視覚認識タスクによって発生した事象関連電位(Event-Related Potentials: ERP)を比較し,脳の言語処理過程を検証し,言語習得研究において,新たな内省的方法論の確立に向けた,一連の研究のパイロットスタディである。前回の実験(宮崎2003b)で行われた課題を踏襲しながら,カタカナ語彙の視覚刺激及び,視覚・聴覚による言語処理過程との比較を試みるとともに,調査対象者を統一することにより,新たな分析が得られ,かつ今後の発展研究に向けた課題も整理された。また,前回の研究からは,日本語教育への応用として,聴解力を向上させるためには,視覚情報の提示による確認や,処理された情報を,表記によって再生するトレーニングを総合的に組み合わせる活動の意義が改めて確認された。

1 はじめに

本稿は,これまでの内省的方法論の展開に向けてデザインされた,生理学的検証の意義を問う,脳の言語処理過程の一連の研究として位置づけられるものである。接触場面において,インターアクション問題が起こった場合,参加者による言語意識(逸脱,留意,評価に加え,調整行動)を分析ならびに詳述するアプローチ(ネウストプニー 1995)は,今後も言語管理研究の基幹となるが,調査協力者の内省分析を採り入れない調査研究は早晩限界が来る(cf. Neustupny1990)と予想される。近年接触場面での詳細な調整プロセスが明らかになるにつれ,内省調査の方法として,フォローアップ・インタビューやインターアクション・インタビューをはじめ,さまざまな方法論が導入され,深層部分のディスコース分析を可能にする問題分析の意義が認知されはじめている。とくに,フォローアップ・インタビューは,接触場面研究で最も功績を挙げた方法論のひとつとして評価されているが,調査対象者によって,内省能力に差があったり,年少者などのように,実施が困難になる場合もある。また,発話者は,言語処理の過程で起きるインターアクション問題について,常時意識化できるわけではないといった課題も指摘され,すべての研究課題に即しているわけではないため,他の内省的方法論の採用が喫緊の課題となりつつある。今後,接触場面における,ミクロレベルの言語処理過程を検証する場合,これまで開発された研究方法だけでは,新たな視点が捉えきれず,問題分析の解明も不十分になる可能性があるが,学際的見地から,他の学問分野で採用されている方法論にも注目すべきである。そうしたなか,最近,生理学的手法を用いた内省調査が注目されつつある。例えば,高(2002)や鈴木(2002)では,話し手が意識しない言語行動を解明する方法として,アイカメラによる話し手の視線や眼球運動を調査する方法論の意義に言及している。アイカメラによる眼球運動の軌跡の検証は,元来,人間工学,医学,心理学関係で幅広く応用されてきた方法論であるが,言語習得研究でも,インターアクション分析に関する新たな可能性を示唆している点で興味深い。さらに,別の生理学的方法論として,無数のニューロンから構成される脳内の言語処理過程を,事象関連電位(Event-Related Potentials: ERP)を用いた解明が試みられている(Kutas & Hillyard 1980;1983, 平松1994,中込1994,城生1997,今田2000)。ERPは,大脳誘発電位の一種で,認知活動に伴い,大脳皮質において発生し,ある刺激が入力された後,一定時間後(または,潜時)に,その刺激に関連をもって発生する脳波を指す。具体的には,潜時約300msec(0.3秒)で発生する陽性(Positive)のERPをP3,またはP300,潜時約100msec(0.1秒)で発生する陰性(Negative)のERPをN1,またはN100などと呼ぶ(図1参照)。

図1 脳波の種類と潜時
図1 脳波の種類と潜時

ERPによる検証は,脳の情報処理活動における時間的経過を瞬時に捉える点が優れているとされるが,日本語教育においては,これまで,宮崎(1999,2000,2003a,2003b),小山(2003),宮崎・小山(2003)などの一連の研究で応用されてきた。宮崎(1999)では,NSとFSに,正常な漢字と表記を逸脱した漢字を視覚刺激によって提示し,脳の言語処理過程で現れたERPを,潜時,振幅及び反応時間について分析した。その結果,FSは漢字を表記すなわち形として捉え,NSはそれを意味として捉えるという推測され,その結果,FSとNSは漢字判読の情報処理過程が異なることが示唆された。同じく,宮崎(2000)では,FSのカタカナ表記逸脱に関する言語処理過程を考察し,N2とP3の頂点間振幅が,FSの習得過程を電気的に判断しうる指標となること,また同時に,FSとNSでは,カタカナ判読の情報処理過程が異なることが検証された。さらに,小山(2003)では,日本語音声の習得について,長音知覚に関わる問題を,ERPを用いて,脳において長音の知覚がNSとFSでどのように異なるかを考察し,NSとFSでは,異なる脳波反応が見られるとともに,聴解においては,NSとは異なるストラテジーを使用していることが明らかにされた。宮崎・小山(2003)では,宮崎(1999),宮崎(2000)の表記逸脱に関する実証研究を受け,意味及び時制の逸脱に焦点を当て,どのようなERPが観察されるのかを検証した。その結果,語彙,時制の課題とも,FSでは,P3以降,緩やかな右肩上がりの波形を示しているのに対し,NSではP3以降に再び顕著な陽性波が現れ,W型の波形を呈していたことが判明した。

次に,宮崎(2003a)と(2003b)はともに,カタカナを分析対象とした研究である。まず,宮崎(2003a)は,カタカナ文字自体の逸脱を標的刺激とした,宮崎(1999)と異なり,FSがよく間違えるとされる長音の音節部の位置を移動させる表記の逸脱に対して,ERPがどのように出現するかを検証した。その結果,カタカナ刺激では,全員にN1,P2が出現したが,N2とP3については,NS及び2名のFSにも観察され,NSと類似したW型を呈する波形が観察された。宮崎(2003b)では,2003aの検証課題を発展させ,カタカナ語彙の聴覚・視覚刺激で逸脱が起こった場合,どのようなERPが検出されるかに注目した。これは,聴覚刺激による情報がインプットされた後,視覚刺激による同一または類似の情報が提示された場合,調査対象者に,どのようなERPが出現するのかを観察するという調査目的があった。視覚刺激による同一または逸脱したカタカナ語彙が提示された場合,どのようなERPが出現するのかを観察した結果,NSとFSのERPには,有意差が検証できた。しかしながら,宮崎(2003b)でデザインされた実験では,カタカナの視覚刺激だけに注目した宮崎(2003a)とは異なり,カタカナ視覚刺激に,カタカナ視覚・聴覚刺激実験を加えたが,調査協力者は英語母語話者が中心であったため,他の母語話者の集団で,同様な実験をデザインし,その結果の再検証を図るとともに,より精度の高い実験結果を求める必要があると判断された。本稿は,こうした点を反映した実験をデザインし,今後のERP研究の比較データとするために,FSを,韓国人上級日本語学習者に統一し,あらためて,カタカナの視覚ならびに聴覚実験を行い,言語管理研究の中で内省的方法論を確立していく可能性を検証するものである。

2. 方法論

2.1 調査協力者

宮崎(2003b)のリサーチデザインを基本に,視覚刺激ならびに,聴覚との関連性を検証するための実験課題を構築した。調査協力者として,実験グループは,早稲田大学の,留学生別科日本語専修課程に在籍し,韓国語を母語とする,上級レベルのFS6名(20~30代の学部・大学院生で,全員女性,右利き健常者)と,統制グループであるNS3名(20~30代の大学院生で,女性2名,男性1名の右利き健常者)に協力を依頼した。詳細は以下の通りである。

表1 実験グループ(外国人日本語学習者:FS)
性別年齢母語別科・大学院日本語学習歴自己評価主専攻右・左利き喫煙習慣
FS1f27韓国語別科3年上級韓国文学右利きなし
FS2f23韓国語別科3年10ヶ月上級新聞・放送学右利きなし
FS3f21韓国語別科3年上級経営右利きなし
FS4f36韓国語大学院4年上級日本語教育右利きなし
FS5f28韓国語大学院4年上級日本語教育右利きなし
FS6f30韓国語大学院4年上級日本語教育右利きなし
表2 統制グループ(日本語母語話者:NS)
性別年齢母語別科・大学院日本語学習歴自己評価主専攻右・左利き喫煙習慣
ns1f31日本語大学院--日本語教育右利きなし
ns2f27日本語大学院--日本語教育右利きなし
ns3m33日本語大学院--日本語教育右利きなし

2.2 データ収集の手続き

実験に先立って,調査協力者には,検査内容について充分な説明を行なった。実験課題として,ERPが明瞭に記録しやすく,かつ2種類のカテゴリーに属する複数の視覚刺激をランダムに提示し,低頻度刺激を標的として注目及び弁別させるオドボール課題を採用した。まず,コントロール(統制)データとして,言語的要素の少ない2種類の画像刺激(正面を向いた猫と後ろ向きの猫のイラスト)を用い,正面を向いた猫を低頻度標的刺激と,後ろ向きの猫を,高頻度非標的視覚刺激に設定し,総刺激回数70回のうち,7(49回):3(21回)の割合で提示した。調査協力者は,コンピューターの画面上に映し出される画像を見て,低頻度(標的)刺激が出現したら,手元のボタンを押すように指示を与えた。なお,画像刺激の提示時間は500ms(0.5秒)で,ある刺激から次の刺激提示までのインターバルは2000ms(2.0秒)に設定した。

図2 高頻度非標的刺激の例
図2 高頻度非標的刺激の例
図3 低頻度標的刺激の例
図3 低頻度標的刺激の例

次に,FSとNS全員に,第3シラブルが長音になる,7種類の4文字カタカナ語彙(例:スポーツ,レコードなど)の正常表記グループを聴覚刺激し,同時に,その語彙の正常表記および逸脱表記(例:レーコド,メトール)が混在したグループを,MultiStim for Windowsを使用して,ノートPCのディスプレイ上にランダムに提示した。調査協力者には,聴覚刺激と,視覚刺激が不一致の場合のみ,手元のボタンをクリックするように指示したが,「音声データが常に正しく,その視覚映像は,正誤が混じりあう」といった情報は事前に提供しなかった。高頻度刺激と低頻度刺激は,それぞれ70%(35回),30%(15回)の割合で提示された(総刺激回数50回)。

表3 視覚によるカタカナ刺激の一覧とその出現頻度
視覚刺激一覧頻度(%)
低頻度刺激
(Rare)
1アーパト6
2デーパト6
3メトール6
4レーコド6
5スーカト6
高頻度刺激
(Frequent)
6アパート10
7デーパト10
8メートル10
9レコード10
10スポーツ10
11スプーン10
12テーブル10

タスク環境は,実験課題が明瞭に見えるよう,ディスプレイから調査協力者までの距離を50センチ程度に設定した。カタカナ語彙の視覚刺激の提示時間は,1000msec(1.0秒),インターバルは3000msec(3.0秒)に設定し,一方,カタカナ語彙の聴覚刺激は,800msec以内で収まるように調整した。その場合の視覚刺激の提示時間は,1000msec(1.0秒),インターバルは3000msec(3.0秒)である。取り込み装置は,メディカルシステム研修所内に設置された,脳誘発電位測定装置(Synax2104)を用い,脳誘発電位測定装置によって,基準電極からの導出で得られた陰性(N波)・陽性(P波)を平均加算し,刺激後どれぐらいの時間で誘発電位が発生したかを示す潜時を計測した。なお,周波数帯域は,0.05~50Hz(LFF0.05Hz,HFF50Hz)に設定した。装着する電極の配置は,国際脳波学会の標準方式である10/20法に準拠して装着するのが一般的であるが,本実験では,すべての電極の装着はせず,Cz(中心領)に取り付けた。同時に,ERPは,眼球運動によるアーチファクトの影響を受けやすいため,測定の信頼性を上げるために,眼球近くの眼窩上縁と呼ばれるEOG(眼窩上縁 (がんかじょうえん) )の場所にも電極を設置した。ボディーアースはFpz(前頭極部中央)に,基準電極は両耳朶に装着した。代表的な装着位置としては以下の4箇所である。

  1. 記録電極 前頭(Frontal:Fz),中心領(Central:Cz),頭頂(Parietal:Pz)
  2. 基準電極(連結)両耳朶(りょうじだ)(Auricular:A1,A2)
  3. ボディ・アース 頭頂極(Frontal pole:Fpz)
  4. EOG 眼窩上縁
図4 10/20法による電極装着位置
図4 10/20法による電極装着位置

刺激提示装置は,LaVieNXで,Multi Trigger System ver.2.05をWindows 2000上で使用し,各画像刺激を同コンピューターの画面上に提示した。なお,統制,実験課題とも,遂行に当たって,アーチファクト(目的とする脳波以外のもの)をできる限り除去するため,画像が提示されている間,調査協力者は瞬きをせず,静止するように指示した。実験終了後,実験で使用されたカタカナ課題が正確に表記できるかを確認するため,脳波実験にも使用した,4モーラの有意味語のカタカナ語彙(8語)を,録音テープで聞かせながら筆記をさせ,FS全員から正解を得た。課題となったカタカナ表記は以下の通りである。

表4 出題順の課題テスト
12345678
アパートデパートメートルレコードスカートスポーツスプーンテーブル

3 結果と分析

本実験では,N1とN3の潜時に注目し,波形と照らし合わせて潜時を計測したため,一般的な計測値と比較すると,N100がN1に,N200がN2,あるいはN3となる。画像刺激(猫のイラスト)を用いた統制課題では,標的(低頻度)課題,非標的(高頻度)課題ともに,P3相当の波形が出現した。また,FS,NS間,高頻度,低頻度間ともに潜時の有意差は認められなかった。さらに,P3の波形に至るまでの波形の軌跡は,NS全員がN2でのピークが確認されたが,いずれもN1-N3(またはN2)間の潜時に有意差はなく,刺激入力に対する受動的な入力波形としてとらえてよいと判断された。また,今回の統制課題で採用した画像刺激は,これまでも採用されてきたものであるが,NS,FS間に有意差が認められなかったので,今後も統制課題の基礎資料となりうると判断できる。太線は標的刺激,細線は非標的刺激のERP波形を指す。

グラフ1 NS3の画像刺激(Czは記録電極の中心領)
グラフ1 NS3の画像刺激(Czは記録電極の中心領)
グラフ2 FS4の画像刺激
グラフ2 FS4の画像刺激
表5 NS統制課題
 N1
(N100)
P1N2P2N3
(N200)
P3
(P300)
N4P4N3-N1
NS1標的112148  248352612 136
非標的108164  228404628 120
NS2標的84  164212328  128
非標的116   224332456 108
NS3標的92108128200244364464572152
非標的92112136172220388596620128
平均標的104   240383  136
非標的114   232375  118
全体109   236379  127
表6 FS統制課題
 N1
(N100)
P1N2P2N3
(N200)
P3
(P300)
N4P4N3-N1
NS1標的12415217220022028041651696
非標的132  18021236850867280
NS2標的88  144216308  128
非標的76  152236364508 160
NS3標的128184  248364436624120
非標的120188  212 35642492
NS4標的132156192228260392656 128
非標的140172236304340384460580200
NS5標的132160  268412520588136
非標的136192  248388580 112
NS6標的128164  204344504 76
非標的128156  228364580 100
平均標的122   236350  114
非標的122   246373.6  124
全体122   241360.7  119

次に視覚刺激のみによる,カタカナ刺激であるが,画像刺激同様,標的課題,非標的課題で出現する波形とも有意差は認められなかった。NSは,入力波形としてN1からN3の波形が出現し,FSは,FS2,FS5,FS6の3人は,宮崎(2003a,2003b)で指摘された,W型波形(P3と思われる波形に至るまでに,N3が出現する型の波形)が出現したが,他の3人はN2までの出現に留まった。

グラフ3 NS2のカタカナ刺激(視覚)
グラフ3 NS2のカタカナ刺激(視覚)
グラフ4 FS2のカタカナ刺激(視覚)
グラフ4 FS2のカタカナ刺激(視覚)
グラフ5 FS5のカタカナ刺激(視覚)
グラフ5 FS5のカタカナ刺激(視覚)
グラフ6 FS6のカタカナ刺激(視覚)
グラフ6 FS6のカタカナ刺激(視覚)
表7 NS実験課題(カタカナ視覚刺激)
  N1
(N100)
P1 N2 P2 N3
(N200)
P3
(P300)
N4 P4 N3-N1 カタカナ-画像
N1 N3
NS1 標的 108 136 196 216 280 400 472 528 172 -4 32
非標的 104 144 196 228 284 404 460 660 180 -4 56
NS2 標的 112 152 228   316   424 660 204 28 104
非標的 112 160 212   272 396 424 644 160 -4 48
NS3 標的 120 172 196 216 360 540 600 692 240 28 116
非標的 128 160 184 220 304 468 576 672 176 36 84
平均 標的 110       306 470     196 6 66
非標的 107       282 396     175 -7 50
全体 109       294 421     186 -1 58
表8 FS実験課題(カタカナ視覚刺激)
  N1
(N100)
P1 N2 P2 N3
(N200)
P3
(P300)
N4 P4 N3-N1 カタカナ-画像
N1 N3
FS1 標的 128   212 228 296   476 600 168 4 76
非標的 116     220 292   476 588 176 -16 80
FS2 標的 92 168 220 256 312   480 568 220 4 96
非標的 92 176     324   456 604 232 16 88
FS3 標的 124     260 412       288 -4 164
非標的 116     248 368     700 252 -4 156
FS4 標的 116 160 212 256     548     -16  
非標的 104 160 220     452 564 712   -36  
FS5 標的 104 164 256 288 400 560 728   296 -28 132
非標的 108 172 224 300 380       272 -28 132
FS6 標的 100 128 212 260 316   476 672 216 -28 112
非標的 88 128 204 256 372   472 744 284 -40 144
平均 標的 111       347 560     238 -11 116
非標的 104       347 452     243 -18 120
全体 107       347 506     240 -15 118

カタカナ刺激では,統制課題の画像刺激と比べ,N3(またはN2)の後に,すぐに陽性に振れる(P波に転じる)のではなく,ある程度の時間が経過してから緩やかな陽性ピーク(P3ないしはP4)を呈する形となった。画像刺激と比べ,N1では,NS,FSとも有意差はなかったが,N3では,NS,FSともに有意に延長(N1-N3の延長)しており,とくに,FSの伸び率が高かった。N3より後ろでは,陽性(下向き)に緩やかに振れるものが多いが,FSは,そのまま上昇する傾向があり,その後,陽性にピーク(P4)を示す者もいた。こうした入力波形(N1-N3)の潜時の差は,文字の目視認識の慣れによる差と推察でき,さらに,N3以降の陽性(下向き)への傾きの差は,認知開始のスピードの違いなどに因るものと判断できる。

最後に行われた,聴覚刺激を含んだ複合型課題でも,カタカナ視覚刺激だけによる課題と同様,標的,非標的課題での両方で出現する波形とも,有意差さは認められなかった。また,NSは,全員W型波形を呈した後,直後から陽性ピーク(P4)をもつ波形に転じた。FSでは,先の視覚刺激で,W型波形を示したFS2,FS5,FS6に加え,FS3も同様の波形を示した。この課題では,カタカナ視覚刺激に比べ,ピークのとらえやすい波形が出現している。また,統制課題と比べ,NS,FSに有意差は認められず,N3は統制課題の波形より全員延長しているが,カタカナ刺激と比べても,伸び率に有意差はなかった。N3より後ろ,カタカナ画像刺激よりも,複合型の方が陽性に振れるケースが多くなったように観察できるので,振れ幅が大きくなったと考えると,課題に対して,より多くの情報資源が使われているのではないかと推論できる。

グラフ7 NS1のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ7 NS1のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ8 NS3のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ8 NS3のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ9 FS2のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ9 FS2のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ10 FS3のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ10 FS3のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ11 FS5のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
グラフ11 FS5のカタカナ刺激(視覚・聴覚)
表9 NS実験課題(カタカナ視覚・聴覚刺激)
  N1
(N100)
P1 N2 P2 N3
(N200)
P3
(P300)
N4 P4 N3-N1 カタカナ音-画像
N1 N3
NS1 標的 76 136 180 224 288     572 212 -36 40
非標的 100 132 184 212 280 432 484 628 180 -8 52
NS2 標的 128 148 196 224 320   412 588 192 44 108
非標的 108 144 192 220 308 396 432 596 200 -8 84
NS3 標的 112 164 184 220 316 532 612 636 204 20 72
非標的 136 172 188 216 344 448 512 632 208 44 124
平均 標的 107       302 464     195 3 62
非標的 116       314 412     198 2 82
全体 112       308 429     197 3 72
表10 FS実験課題(カタカナ視覚・聴覚刺激)
Label N1
(N100)
P1 N2 P2 N3
(N200)
P3
(P300)
N4 P4 N3-N1 カタカナ音-画像
N1 N3
FS1 標的 140     236 308 504 576   168 16 88
非標的 128     216 308   600 700 180 -4 96
FS2 標的 92 112 160 184 312   500 612 220 4 96
非標的 92 112 152 192 308 428 468 548 216 16 72
FS3 標的 112 168 192 236 320       208 -16 72
非標的 112 180 200 232 376 672     264 -8 164
FS4 標的 112 160     364 424 576 676 252 -20 104
非標的 112 168     344 488 540 644 232 -28 4
FS5 標的 108 172   248 348       240 -24 80
非標的 108 132 248 316 380 452 532 592 272 -28 132
FS6 標的 104 132 220 256 312 604 728 844 208 -24 108
非標的 76 128 204 256 372 600 812   296 -52 144
平均 標的 111       327 511     216 -11 91
非標的 105       348 528     243 -17 102
全体 108       338 522     230 -14 97

表8と表10で表示された,N3~N1間の潜時の平均を比較してみると,FSは,カタカナ視覚刺激(NS 186 > FS 240),カタカナ視覚・聴覚刺激(NS 197 > FS 230)とも,NSより,潜時は延長していることが確認され,入力刺激に対する認知スピードは,データが示す限り,FSの方が遅いことが分かる。しかしながら,FSだけに限定して検証してみると,カタカナ複合型の波形で,P3が出現していた場合には,潜時が早くなっている傾向が確認された。本実験課題をデザインするに当たって,「視覚刺激のみのタスクより,視覚・聴覚複合型刺激の方が,複雑な処理が働くため,潜時が遅れるのではないか」という予想が立てられたが,それは,FSは,与えられた情報を認知するスピードが遅いという先行研究に従った判断によるものであった。本実験は,音声入力を加えた場合,複雑化するため,情報処理が遅れるのではなく,逆に,より早く処理されたという結論を支持する結果となっている。これは,単純に複合的な要素が加わると,処理スピードが遅くなるという短絡的帰結にはならないことを示唆しており,むしろ,複雑な処理が要求されるタスクの中で,もっとも効率のよい情報をすばやく処理する働きが現れるのではないかと推察される。そうした点で,本研究は,意義のある研究課題を提示している。

4 結語及び今後の課題

本稿は,FSとNSによる,カタカナの聴覚及び視覚認識タスクによって発生したERPをもとに,単一課題と複合課題で現れた潜時分析を行うことによって,潜時がどのように変化するのかを検証したものである。NSとFSの比較に関しては,画像刺激,カタカナ視覚刺激,ならびにカタカナ視覚・聴覚刺激とも,有意差は認められなかった。これは,FSの日本語能力のレベルの高さにあるといえるが,複雑な課題をデザインしなかったことにも一因がある。また,本研究から,単一の課題は,複合的な課題と比べ,必ずしも迅速に反応するわけではないことが示唆された。今後は,さらに実証研究を重ね,言語習得にどのように応用すべきかを考察していきたい。

今回の研究を日本語教育に応用できる点としては,リソースと情報処理の因果関係であろう。例えば,視覚情報に加え,音声による追加情報のほうが,より認知度が増す場合があると考えられる。大学の講義場面における留学生の言語行動を考えた場合,正確な板書や教科書,参考書の読解能力,担当教授の口頭説明を正確に理解する聴解能力などが複合的に連鎖しあっていると予想されるので,総合的に組み合わされた調整能力の向上が重要であるといえる。同時に,教える側も,自らの口頭説明だけで理解させる,つまり留学生の聴解力を過度に期待するストラテジーを採用せず,文章表現,再生,要約など複合的なタスクを課すことにより,多面的に理解させるようにデザインすべきである。なぜならば,インターアクション場面では,聴解による情報処理が正確に行われても,視覚情報の理解は必ずしも一致しない場合が考えられるからである。つまり,音声による再生(口頭表現)は可能でも,語彙表記などの問題を引き起こす。聴解力を向上させるためには,聴解指導だけではなく,表記された情報の認識指導や,認識したものを表記によって再生する表現指導などの統合化されたトレーニングが不可欠である。

今回の聴覚刺激音も,宮崎(2003b)と同様,自然音を採用した。日本語教育でも,長音の知覚に関する研究で,長音そのものや,長音とピッチに関する実証的な実験がデザインされ,刺激音の作成に当たっては,音響解析装置などによって機械処理を施しながら,母音や子音の長さを延長,もしくは短縮している。自然音の採取とその分析の意義を説く立場に対し,ある研究者グループは,合成音による課題作成は,自然音に比べ,さまざまな要因が混入せず,より正確な臨床実験が可能であるという立場を崩さない。また,それが自然音を解析する場合の検証にも役立つと反駁するが,そうした研究者の最終的な目標が,果たして自然音の解明であるかどうかは懐疑的である。いずれにせよ,さまざまな要素が複合的に入り組む,実際使用場面でのインターアクション問題の解決を,大きな目標に掲げる日本語教育を視野に入れた場合,合成音や自然音を対象とした実証研究を,どのように展開させていくか,今後より議論を深めていく必要がある。

最後に,今回のERP実験のデザインには,潜在的な問題も存在し,依然,内省的方法論を代表する方法論には至っていない箇所がある。刺激項目として,カタカナの視覚刺激とカタカナの視覚・聴覚刺激はデザインしたが,単一のカタカナの聴覚刺激は,さまざまな難しさから作成に至らなかった。本来,視覚,聴覚,視覚・聴覚といった比較の上で,問題点を列挙したかったが,これが,リサーチデザインの大きな障害となっている。今後,どのように明快な比較検討データを収集できるかが,一連のERP研究の成否にかかっている。

参考文献

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謝辞

本研究は,NECメディカルシステムズ研修所の渡邉千晴氏に,機器の提供ならびにデータ分析に関してご協力を得た。この場を借りて謝意を述べる。