宮崎里司のモナシュ通信 第2回
「海外で日本語応用言語学を学ぶ」
オーストラリアでの研究生活も,早や4ヶ月が過ぎた。
大学では,クラブ勧誘などの喧騒さも終わり,キャンパスのあちらこちらで,mid-semester examの準備をする学生を目にする。この国の大学は,3月から新学期が始まるため,アメリカやイギリスとは異なり,むしろ日本の大学暦に似ていると思いがちだが,ちゃんと,秋から始まるように設定されているので,欧米に準じているといえる。そんな中,モナシュの大学院で,日本語応用言語学を専攻する大学院生も,エッセーの締め切りなどが近づいているようだ。
School of Languages, Cultures and Linguisticsに所属しているが,そこに在籍する日本人に話を聞く機会があったので,了解を得てHPに登場願った。海外の大学院で研究を続ける院生たちは,日本以外で学ぶことにより,複層的・複眼的に日本語教育を捉えることができるようになる利点もあると考える。
3人の日本人留学生
倉田尚美さんは,現在博士課程に在籍中。2002年に提出した修士論文,Communication networks of Japanese learners and second language acquisitionに続き,現在は,博士課程で,Social Networks and Language Learning関連の研究を続けている。
私は,彼女の修論を査読する機会があったが,オーストラリアでは,海外の研究者に,指導する院生の論文の査読を依頼する場合も珍しくなく,日本でも,こうした制度を導入するケースも増えてくるだろう。
押川かおりさんは,昨年から在籍している修士課程の学生である。大学時代,英語教育を専攻した彼女は,佐賀大留学生センターで留学生業務に携わるうち,日本語教育への関心が高まったという。卒業後の就職先としては,中国などで日本語教育に関わりたいというアジア志向をもっている。
櫻井勇介君は,東京外大の日本語科を卒業し,タイの日本語学校で1年教えた経験を持つ。現在関心のある分野は,表記アウトプットとのことで,Japanese writing as a second language: Computer written text and hand written text,といった論文タイトルを考えているようだ。タイでの経験などもあることから,修了後は,押川さん同様,アジア志向をもつ。
大学院教育
さて,実際に大学院で学ぶ場合であるが,初めて,こちらで勉強する日本人は,学部,大学院のコース・ストラクチャーが非常に細かく規定されていることに,一様に驚くという。また,シラバスも,
- Introduction
- Objectives
- Method of Teaching
- Assessment
- Reading Materials
- Summary of program
- Weekly Program
などの項目に従って,厳格にプレゼンテーションする必要があり,アセスメントの方法は,各担当教員が,恣意的に決定することはできず,事前に学部に届ける義務があるという。ちなみに,Japanese ProgramのHelen Marriott教授がコーディネートする,「ASIAN LANGUAGES IN CONTACT」という科目の評価について,見てみよう。
- Assessment
- ESSAY ONE: (Literature review) 4,000 words, 40%; SUBMISSION DATE: Wed. 20 April
- ESSAY TWO: written paper - 4,000 words, 55% (plus 5% for oral presentation, equivalent to 1,000 words); SUBMISSION DATE: Thursday 2 June
- A project should contain an introduction, research questions, justification and significance, brief literature review, conceptual framework, methodology (using secondary sources) , findings and conclusion. A project proposal will contain similar sections to those listed above, but without the findings and conclusion sections.
- It is planned to hold a mini-conference on 1 and 2 June where students present the findings of their second essay or project/proposal. This conference will be open to other participants.
2つのエッセー(日本でいう課題レポート)とミニ・コンフェレンスによって成績がつけられるが,課題の量としては,かなりのボリュームといえる。
マリオット教授によれば,やや細かく規定しすぎる傾向があるようで,それが,教員の負担増に繋がっているようだが,アカデミックの規範意識の薄い日本と比べ,学生に,わかりやすい情報の開示に勤めている点は評価できるのではないだろうか。
しっかり揉まれるところであるべきだ
ここモナシュで学んだ,私自身の大学院在学中の経験からも,「大学院のコースはしっかり揉まれるところであるべきだ」と学んだ。近年日本でも,修士号が,比較的取得しやすくなったことから,コースワークの仕事量が多いと不満に思う院生もいるように感じるが,高額な授業料を納めている院生に,楽なコースを提供するのは申し訳ないという立場に依拠しているので,やや手に余るぐらいの課題を課すことについては,いささかの躊躇もない。逆に,コースの課題が少ない場合には,院生の負担減を考えているわけではなく,多くの課題をこなせないのではないかという,マイナス評価に基づいた判断が働いているかもしれない。いずれにせよ,こうした,シラバスから,指導教授が,院生とどのように対峙したいのかが,ある程度判断できる。鍛えてほしいのか,spoilしてほしいのか,研究指導を希望する教授が,どのようなコンセプトを持っているのか。シラバスは多くを語っている。
後ろに見えるのが,人文学部(Humanities)のビル。4F(日本的には5F)に,日本研究科(Japanese Program)がある。この建物は,大学の建築棟としては,もっとも古く,メルボルン出身の首相で,これでまもっとも長い就任期間(1939-1941, 1949-1966)を誇る,Sir Robert Menziesの名を冠している。現在,ビルの改修工事中であるが,それを物語るように,青い足場掛けが見える。これが,Wood et. al(1976)。やGibbons(2002)らが提唱し,主に,教師による学習者の活動を支えるための働きかけや支援を行う役割を果たす,スキャフォールディング(Scaffolding)理論の基になったものである。
- Wood, D., Bruner, J. S., and Ross, G. 1976. The role of tutoring in problem solving. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 17, 89-100.
- Gibbons, P. 2002. Scaffolding language, scaffolding learning. Portsmouth, NH: Heinemann.