宮崎里司のモナシュ通信 第3回

「フランス日本語教師会シンポジウムでの講演を終えて」

オルレアン・マルトロワ広場にある騎馬姿のジャンヌ・ダルク像モナシュでの研究期間も1ヶ月足らずとなり,また次の研究地への準備という気忙しさが戻ってきた。

そうした折,5月6日,7日,オルレアン大学(Université d'Orléans)で行われた,第7回フランス日本語教育シンポジウム(フランス日本語教師会主催)に出席し,当地の関係者と意見交換をする機会に恵まれた。

パリの南200キロほど,ロワール川上流に位置するオルレアンは,1429年4月29日,イギリス軍の攻撃にさらされ,陥落寸前であったこの町を解放した,ジャンヌ・ダルク(Joan of Arc)の遺徳を偲ぶ人々の往来が絶えず,13世紀に建立された,荘厳なサント・クロワ大聖堂(Sainte Croix)にあるステンドグラスの装飾は見事であった。

シンポジウムでの発表

ジャンヌダルクの一代記が描かれているステンドグラスシンポジウムのメインテーマ,「日本語教育の地平線――外国語を学ぶもののまなざし」(外国語教育の中の日本語)の下で,当研究室管理人は,「新しい日本語教育観:Teaching Japanese as a Foreign/Second Language という枠を超えて」というトピックで講演を行った。

学習者の多様化,学習目的の多様化,教授法の多様化(GT,AL,PAL),リソースの多様化などという,日本語教育界で起こるさまざまな多様化の中で,日本語教育に関して,日本側が抱きがちな,本家主義を懐疑的に見ると共に,自国の日本語教育の独自性に注目し,モデル(長所)と問題(短所)の両面から発信する必要性を説いた。それは,日本国内と海外では,言語教育政策の管理の仕方が大きく異なるため,必ずしも,日本の日本語教育の成果が,海外の日本語教育が抱える問題の処方箋にならないことによることも指摘した。そのためには,日本から発信される情報を,単に受けとるだけではなく,新たな日本語教育観を確立する必要性がある。加えて,日本から海外へという,一方向性(日本→海外)ではなく,日本と海外,ならびに海外同士のインターアクションを促進し,日本語教育の情報交換を積極的に行うという,座標軸の変換の必要性を訴えた。

フランスの日本語教育の問題

ジャンヌ・ダルク所縁のサント・クロワ教会オーストラリアには見られない,フランス特有の問題についても情報収集ができた。非母語話者教師の言語能力や,教師養成・現職者研修の必要性,初等・中等教育機関と高等教育機関の日本語教育関係者の連携などといった潜在的な問題の他に,都市部では教師の供給過剰,地方では不足に悩む事態が起こり,日本語教師資格取得としてのAgrégation(中・高等教育教員資格認定・採用試験)は,隔年毎にしか実施されず,2003年度は,13人の受験者に対し1人という合格率であったこと,試験自体も,日本語教育に関する専門知識とは異なる出題傾向があり,合格者数も極めて限定的であること,資格者であるAgrégé(e)の数は,全仏で20名ほどという状況の中,Ph.D を取得した日本人の大学教員のうち,助教授以上のポスト取得者も20名という有り様は,フランス政府の,日本語教育に対する言語管理という概念でしか捉えられない。

今回でのフランスでの講演は,言語習得研究室の管理者の主要研究地域が,オーストラリアという一英語圏に限定されていたため,多文化,多言語共生社会に関しては,歴史があるヨーロッパ地域の日本語教育事情や,言語教育政策について,視野が広がり,得るものも多かった。とくに,日本語教育と日本研究,それぞれに携わる関係者間の理解に開きがあり,協調して学習者のJapan Literacyを上げていこうという態度が弱いことも新たな発見であった。日本語教育と日本研究のヒエラルキー的構造化は,オーストラリアでも少なからず存在するが,フランスでは,こうした問題が,より複雑化している。

Common European Framework(ヨーロッパ共通参照枠)

Université Paris 7の大島弘子氏が,「CEF(ヨーロッパ共通参照枠)の日本語教育への応用の可能性と難点」という題目で発表していたが,ヨーロッパにおいては,外国語教育の分野でCommon European Framework(CEF)と呼ばれるヨーロッパ共通参照枠が示され,それぞれの国ではなく,EU主導で言語教育が政策化されている現状で,一国の政府の言語政策の将来について,考えさせられた。

フランスでは,2003年度より,英語,ドイツ語,スペイン語,イタリア語,ポルトガル語,ロシア語,アラビア語,ヘブライ語,中国語の9言語は,高校の外国語教育共通プログラムの中で,CEFが応用され,達成目標を示すようになっているが,日本語教育には反映されていない。言語を選定する段階で,日本語教育関係者の意向が十分に反映されておらず,日本研究者との連帯をより強めることが喫緊の課題であると確信した。

新たな出会いと再会

シンポジウムの会場にて 懇親会にてところで,海外に出ると,日本ではなかなか話す機会のない日本語教育関係者との出会いや,日研の卒業生との再会も楽しみの一つであるが,今回は,新宿日本語学校校長の江副隆秀氏,細川研の星野百合子さん(4期生)がこれに当たった。江副氏とは,パリまで戻る車中で歓談し,ルーブル美術館,シャンゼリゼ通り,凱旋門を,ある時は日本語教育,ある時はフランス事情を話題にそぞろ歩きした。星野さんは,フランスの大学での契約が終わり,6月に帰国する前の学会参加であったが,懇親会で元気な様子を見せてくれた。

あと僅かでオックスフォードに向かう。見知らぬ土地で,少しずつ変容するサバティカルも,3ヶ月を残すのみになった。脱稿しなければならない原稿,読まなければならない書籍,会わなければならない関係者など,やるべきことは多い。