外国語との格闘が実を結ぶ
* この文章は 2001年5月25日 ヘラルドトリビューン朝日 に掲載された記事を転載したものです。
外国人力士への勝利者インタビューをテレビで聞いたことがある人は多いだろうが,彼らが流暢に日本語を話すのに気づく人はほとんどいないだろう。息を切らしながら発せられる言葉は少ないし,多くの外国人力士の立ち居振舞いが日本人と変わらないからだ。しかし,彼らの日本語会話習得における特別な才能に注目した人がいる。早稲田大学で日本語教育を行っている宮崎里司助教授だ。宮崎氏は,最近著した『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』(明治書院刊 ¥1,300)の中で,来日するまで全く日本語に触れた経験のない外国人力士たちがなぜ日本語の達人になれたのか,その秘密を解き明かした。「外国人力士は,注目に値する理想的な日本語学習者だということに気づいた」と宮崎氏は述べている。また,外国人力士の日本語会話習得方法は,他の外国語を学ぶ学習者にも有効であることがわかった。その秘訣は,強い動機と理想的な(日本語習得)環境にある。
宮崎氏は,以前オーストラリアで日本語を教えていた時に,上達の遅い学習者がいる一方で,短期間のうちに上達する学習者もいることに強い関心を抱いた。宮崎氏自身も英語学習で苦労した時期があったのである。
宮崎氏は著書の中で,相撲界内外の約30人にインタビューを行った。その中には,10人の外国人力士,3人の親方,4人のおかみさん,その他力士を取り巻く多くの人々が含まれている。宮崎氏は,外国人力士の日々の生活は,外国語を学ぶ人たちにとってヒントになるものが多いと言っている。後に,インタビューをした力士の一人,モンゴル人力士の旭天鵬は,宮崎氏が所属する早稲田大学での講義にゲストとして招かれた。旭天鵬は,最近のインタビューで,「私はよく北海道出身だって言っちゃうんですよ。モンゴルがどこにあるのか日本人に説明するのがめんどうくさくて」と,完璧な日本語で答えている。旭天鵬がこう言うと,多くの人が信じてしまうという。それは,彼が自然な日本語を話し,顔つきも日本人のようだからだそうだ。9年前に初めて日本に来た時は,ひとことも日本語を話せない自分の姿というものは想像つかなかった。旭天鵬に相撲界入りをすすめたのは父親だった。
「父がテレビで,日本の相撲界入門の募集広告を見たんです。私は相撲経験もなければ日本語学習経験もありませんでした。でも,テレビで日本の大都市にきらめくネオンを見て,日本に行きたいと強く思ったんです」と旭天鵬は言う。
前頭一枚目になっても,はじめはたいへんだった。大島部屋に新弟子として入門した旭天鵬は,ゴミ出し,床掃除,近所への買い出し,ちゃんこ番など,部屋のありとあらゆる雑用をこなさなければならなかった。
「最初は本当にたいへんでしたよ。失敗ばかりでした」と言う旭天鵬は,続けてこうも言っている。「やっぱり言葉の問題がいつも一番大きかったですね。最初は,上の人に対しても"おまえ"って言ってたんですよ。もちろん,おかみさんに叱られましたけど」。来日したばかりの頃は,喫茶店でコーヒーの注文もできなかった。最後にレジに行くまで,出されたコップの水を飲んでいた。「レジの人にお金はいらないって言われたんです。で,なんて親切な人なんだろうって思ったんです。そりゃ,タダに決まってますよ。何も注文しなかったんですから。今でも思い出すと恥ずかしくなります」。旭天鵬は笑って言った。数々の辛い経験に耐えられなくなり,当時17歳だった旭天鵬は,半年日本で過ごしモンゴルに帰ってしまう。だが結局,決意を新たにして日本に戻ってきた時は,もう以前の旭天鵬ではなかった。日本の伝統,国技である相撲のしきたりにくじけず,がんばってやっていこうと決意し実行し始めた旭天鵬は,何としてでも日本語を習得しなければならないと,徐々に感じるようになった。
「日本語勉強しましたよ。しなきゃならなかったからね。選択の余地なしって感じでした。どんな場面にも必要不可欠なものでしたし」。旭天鵬は言う。
しかし,彼はひとりではなかった。兄弟子,おかみさん,髷結い職人の床山といった人々から後援会,近所の商店の人々に至るまでのあらゆる周囲の人たちが,彼の日本語学習が成功するよう支え助けていたのだ。
「昇進すればするほど,日本語上達の機会も多くなります。番付けが上がると,上の人たちとの付き合いも増えるし,スピーチする機会も出てきますからね」。
今や自由自在に日本語を操る旭天鵬は,同部屋の同郷出身力士の旭鷲山とも日本語で話す。
「モンゴル語を話すのは,誰かの悪口を言う時だけですね」。旭鷲山は笑って言う。
外国語習得の最良策は,外国人力士が置かれているような状態に近い環境に身を置くことだと宮崎氏は結論づけている。
「外国人力士は,日本語を学ぶ強い動機を持っています。相撲界で生きていくために日本語の習得は欠かせません。常に通訳と行動している外国人野球選手とは違うのです」と宮崎氏は説明する。
さらに,外国人力士は日本語上達の助けになるようなさまざまなネットワークを持っていて,24時間日本語漬けという理想的な環境にいると宮崎氏は見ている。
「このような環境を見つけるのは難しいということはわかっています。でも,今私が担当しているクラスで行おうとしているイマージョンプログラムに,このストラテジーを取り入れようと思っています。そうすれば,学生たちもこれまでとは違った何かを感じとるはずです」。
「しかし,一番大切なことは,教師に頼って何でも与えられるがままにならないことです。自ら考え,解決し,自分自身が外国語習得にベストだと思ったことを実行することです」と宮崎氏は指摘している。