外国人力士 なぜ強い?――生き抜く力 語学も相撲も。日本語漬け――言葉のぶつかりげいこ

『東京新聞』2010年4月2日朝刊掲載「こちら特報部」

人なつっこい笑顔が人気のエストニア出身力士,把瑠都(25)=本名カイド・ホーベルソン=が新大関に昇進した。元横綱朝青龍関の暴行騒動など暗い話題が続いた相撲界にとって,待望のニューヒーローだ。そこで改めて注目されるのは,外国出身力士の存在。彼らの強さや日本語のうまさの秘密は,どこにあるのだろうか。(篠ケ瀬祐司)

「栄誉ある地位を汚し,汚さぬよう,努力いたします。ほ,本日は本当にありがとうございました」。把瑠都は先月三十一日の大関昇進伝達式で口上をかんでしまったものの,その後は緊張も解け「明るい大関になりたい」と笑顔で語った。

把瑠都の昇進で,五月場所の横綱,大関の出身地はモンゴル,ブルガリア,エストニア,日本と,これまで以上に国際色が豊かになる。戦後の外国出身力士は米ハワイ州出身の高見山以来,今年一月場所まで累計百六十七人。出身国・地域は二十一にも上る。

地域も多彩だ。アジアのモンゴル(四十八人)が最多で,北米や南米,オセアニア,ロシア,欧州。出身者がいないのはアフリカ勢ぐらい。

春場所の番付に載った外国出身力士は五十四人で,全力士六百七十人の8%程度。それが幕内では四十一人中十六人で約40%に急増する。地位が上がるほど,外国出身力士の割合が増える。

なぜこれほど強いのか。スポーツライターの玉木正之さんは「欧州勢は肉体的優位性がある」と指摘する。把瑠都は一九八センチ,一八八キロ。「大きさをいかし,腰高の弱点を克服できた力士が活躍している」

最多のモンゴル勢は「スピードと技がある」という。「彼らと体格が変わらない日本人が勝てないのは,相撲が下手になったから。子どものころに相撲をとらない今,新たな格闘技として一から習得しなければならない」と強調する。

「相撲習得」のヒントになりそうなのが,外国出身力士の日本語能力だ。

玉木さんは「サッカーでブラジルへ,バレエでロシアへ修業に行く日本人の子どもたちも,あっという間にポルトガル語やロシア語を話せるようになる」ことに注目。技能を高める努力や,そこで生き抜こうとする強い意思が,語学力として結実するとの見立てだ。

早稲田大学大学院日本語教育研究科の宮崎里司教授も「語学習得の条件は環境,動機,工夫だ」という。

「外国人力士はなぜ日本語がうまいのか」(明治書院)の著書がある宮崎氏は二〇〇四年,来日直後の把瑠都にインタビューした。「当時はロシア語の通訳を介して話したが,しばらくすると,商店街へ行って自分から日本人に話しかけていた」と,異文化に溶け込もうとする把瑠都の姿勢を評価する。

「一人で来日し,二十四時間日本語で暮らす“言葉のぶつかりげいこ”の中に置かれる。地位が上がれば,後援者との付き合いなどバリエーションも増える」ため,語学習得環境は申し分ないようだ。さらに「本国へ送金しよう,力士であり続けようという強い動機付けもある。相撲界で生き抜こうとする切迫した状況が,言語習得に始まり相撲のけいこにまでつながっているのではないか」とみる。

宮崎氏は「外国出身力士の生きる力から,日本人全体が何かを学ぶべきだ」と問題提起する。

※以上,『東京新聞』2010年4月2日朝刊掲載「こちら特報部」より許諾を得て転載