研究課題

CSL4400戸田貴子研究室は,2001年度の早稲田大学大学院日本語教育研究科開設と同時に設立されました。

戸田研では,音声を媒材としたコミュニケーションにおいて日本語の音声特徴が果たす役割について研究しています(研究課題)。聴取実験や音声解析を通して,知覚と生成の両側面から学習者による日本語音声・音韻の習得プロセスを分析し,さらに研究成果を日本語音声教育に応用して,効果的な発音指導の方法について検討します。

戸田研には,CSL4400(Computerized Speech Lab;KAY社),Super-Lab,Sona-Match,MultiSpeech,SUGI Speech Analyzer,AcousticCore等の設備が完備されており,機械を使った音響分析が可能です。しかし,当然のことながらコミュニケーションには人間の聴覚印象も非常に重要ですので,音声解析を使わずに研究を行うことも可能です。演習や理論研究では,音声学・音韻論の基礎から最新の音声分析を用いた実証的研究の方法論まで論文を書くために必要な知識を学ぶことができます。

また,戸田研は春・秋の二回「日本語教育と音声」研究会を主催しています。ここでは,広く音声に関心を持つ仲間との研究発表・意見交換の場が設けられています。

日本語学習者の発音

日本語学習者の発音にはいわゆる「外国語なまり」があり,日本語母語話者とは異なる発音の特徴が多くみられます。第二言語習得において,母語の影響が最も顕著に現れる分野が音声・音韻であると言われています。

対照分析仮説の時代

1950年代から1960年代には,対照分析仮説(Contrastive Analysis Hypothesis)により,学習者の母語と目標言語との比較から,学習者が外国語を学習する際に起こりうる問題の予測が可能であると考えられていました。

誤用分析の時代

1970年代に入り,外国語教育の現場から誤用分析(Error Analysis)が盛んになるにつれて,対照分析仮説では予測できない例が多数報告され,母語干渉では説明不可能な学習者言語の実態が次々に明らかにされていきました。しかしながら,その後誤用分析の問題点も指摘されるようになりました。まず,誤用のみを取り上げて調査の対象としたため,学習者言語の全体像が見えないということ,また,習得過程や習得順序が把握できないということ,さらには,誤用の原因が究明できないということが指摘され,学習者の誤用を分析することにより外国語教育にフィードバックするという目的で行われた誤用分析の短所が浮き彫りにされる結果となったのです。

中間言語研究へ

以上のことから,学習者言語を「可変性を伴い,母語とも目標言語とも異なる独立した言語体系」,つまり中間言語(Interlanguage)として理解しようとする動きが生まれ,その発達プロセスに焦点が当てられるようになりました。対照分析仮説における「母語干渉」は,中間言語研究では「負の母語転移」(母語の音韻体系が第二言語の音韻習得にマイナスに作用すること)として捉えられ,これとは別のプロセスとして正の転移(母語の音韻体系が第二言語の音韻習得にプラスに作用すること)も認めることが可能になりました。

近年,学習者言語の音声を一種の独立した音韻体系として捉え,母語転移の記述とともに,日本語の音韻体系を習得するプロセスにおいて学習者が作り出す中間言語の特徴を分析しようとする新たな動きも生まれています(Toda, 1994; 戸田, 1997, 2003)。このような中間言語における音声習得研究の成果から,日本語学習者の音声は「正の母語転移」,「負の母語転移」,「過剰般化」,「近似化」などのプロセスを経て,目標言語の音韻体系に近づいていくことが報告されています。今後,さらに様々な母語を持つ学習者による中間言語音声のデータを拡充することにより,その発達プロセスについて理解を深め,研究成果を日本語教育の現場にフィードバックできるのではないかと期待されます。

音声研では,以上の研究動向を踏まえた上で,日本語学習者による音声習得の特徴を分析し,日本語教育に応用していくことを目標としています。

文献

  • Toda, T. (1994). Interlanguage phonology: Acquisition of timing control by Australian learners of Japanese. Australian review of applied linguistics, 17(2), 51-76.
  • 戸田貴子(1997).日本語学習者による促音・長音生成のストラテジー『第二言語としての日本語の習得研究』1,157-197.
  • 戸田貴子(2003).外国人学習者の日本語特殊拍の習得『音声研究』7(2),70-83.[PDF: 500KB(編集委員会の承認を得て掲載)]